木内みどりの小さなラジオ(2018/7/​7) 記念すべき第1回、なぜ小出先生は東大話法​に染まらなかったのか?改めて福島原発事故​の本質を語る

永岡さん ありがとうございます。
自由なラジオの後継番組の「木内みどりの小さなラジオ」。
英語の名前というのは Kyoto University Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science 京都大学複合原子力科学研究所のこと。

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永岡です、木内みどりの小さなラジオ、昨日開局して、1回目の小出先生と2回目の安冨歩さんがアップされています、今回はコミュニティFMではなくネットラジオ、HPから発信です。
https://kimidori-radio.com/

モリカケ問題と文科省の汚職について、報道するラジオの案内であった平野幸夫さんがブログで指摘されています。
https://ameblo.jp/hirano-yukio/entry-12389080594.html?frm_id=v.mypage-checklist–article–blog—-hirano-yukio_12389080594

第1回のゲストは小出先生、
https://kimidori-radio.com/radio_archives/68/
YouTubeは、

概略のみ、内容書き起こしします(今の状態で毎週80分書き起こしは困難です、次回の安冨さんの書き起こしをいつできるか未定です)。

木内さん、自由なラジオで6人の司会者の一人として、2年で25人にインタビューされて、その後小さなラジオに来た人もいる、ツイッターで知った人もいて、ようこそと語られて、伝えたいものがあり、自由なラジオを卒業しても、ラジオを続けたく、たくさんのラジオと、小さなラジオの違い、スポンサーはなく、デジタル録音機で、スタジオ、事務所なし、スタッフなし、HPにデータを載せて、お金をかけずに発信できて、このような発信を増やすべきと説かれて、ソニーのICレコーダーで録音されて、重さ360g、編集はお手伝いを必要とするが、木内さんのインタビューしたいものに行って録音、ラジオ公開されます。昨日の開局時はアクセスが殺到して閲覧困難であり、それほどこの小さなラジオは注目されています。

それで、第1回は木内さん、松本の小出先生のところに行かれてインタビュー、木内さん、小出先生は3・11後、毎日放送ラジオのたね蒔きジャーナルに3月14日から出られて、潰されたと確実に言える、毎日放送は頑張ったが、大スポンサーは関西電力であり、その制約の中で頑張ったものの、ある程度の抵抗はできても、たね蒔きジャーナルは潰されて、3・11以降、多くの市民が小出先生の声を聞きたいとたね蒔きジャーナルにたどり着いて、たね蒔きジャーナル存続のために基金を作り、1000万集まり、しかしたね蒔きジャーナルは潰されて、有志5人がラジオフォーラムを作られて、木内さんラジオフォーラムのヘビーリスナーもあったものの、ラジオフォーラムは3年で終わり、ラジオフォーラムはコミュニティFMとネット配信であり、これも終わり、しかし小出先生の声を届けたいと、自由なラジオが2016年春から始まり、2年で105回放送して、様々なこともあり、木内さんは一人になってもやると、ウェブラジオのことを聞けるとして、たね蒔きジャーナル→ラジオフォーラム→自由なラジオ→小さなラジオと、小出先生から外れず、小出先生は3・11の際に、核の世界にいたものとして活動して、たね蒔きジャーナルに参加してありがたいことであったが、しかし小出先生は自分のことをさらけ出すのは好きではないというもので、木内さん、社会で目立ちたい人が多い中で小出先生のことを評価されて、小出先生は自分のやりたいことを続けて、必要なことはするが、俺が俺がと出るのは嫌であり、安冨歩さん、原発危機と東大話法で小出先生についてたくさん書かれて、木内さん、小出先生をこの7年追いかけて、小出先生は教えたつもりはないとしても、木内さんは小出先生から教わり、アーサー・ビナードさんの言う、小出先生の眼鏡を通して見てきた、安冨さん、事故は起きると思われて、事故の3か月後に小出先生に会い、当時は小出先生、寝る暇もなく、どういう話をしたか覚えておらず、しかし強烈な個性、玄海原発のシンポジウム、東大の大橋弘忠氏との対談に安冨さんが興味を持ち、東大話法を安冨さんが教えてくれて、これを小出先生に教えてくれて、冷静に物事を分析する方で、小出先生は科学の世界にいて、ディスカッションは原子力マフィア側の人とも公正ならやり、ケンカは結構好き(笑)、今でも原子力マフィアとはやるが、安冨さんとケンカはしたくない(笑)。

大橋氏との論争は2005年、事故の6年半前で、これはYouTubeで出てくるもので、1年後に、九州電力がヤラセで観客らサクラを動員して、アンケートもその通り、そこに小出先生は一人孤軍奮闘で行き、しかし居心地が悪い感じず、YouTubeで見たら、大橋氏、東大出てもバカはバカ!と大橋氏をからかい、大橋氏は小出先生を鼻で笑う上から目線、しかし小出先生は理路整然と対応して、小出先生の個性、論争は論理で闘うもので、上から目線など関係ない、小出先生は論争は好き、論理で闘うのはやり、公平に論争できるならどこでも行く、しかしヤラセの場だと知って行き、行政のヤラセの場には行かないものの、玄海原発のプルサーマルがあり、国、佐賀県、玄海町も進めて、反対運動の住民は何をやっても負け続けて、それで論争で問題点を明らかにしてくれであり、小出先生はヤラセでも、住民のためにこの時は立ち上がり、ヤラセ、会場からサクラの質問があったものでもやり、歴史の中ではああいうこともあり、3・11後大橋氏の間違いは分かり、木内さん、東大話法、太平洋戦争と真珠湾攻撃、誰も責任を取らず、学習しない意味をこれを見て理解されて、東大話法の本を木内さん知ってほしい、やり口は20あり、自分の信念ではなく立場の都合のいい模様に解釈する、9と20が今重要、誤解を恐れずにとして嘘をつく、謝罪したふりで逃げるは、モリカケ問題などで出てくるものであり、佐川氏ら、自分の人生の予定が狂っても、国民のにやらず、自分の家族と周りのために嘘をつくのかと、東大話法では自分を取り国民を取らず、なぜそうなのか、東大話法で生きたら、幼稚園の子供でも分かるものすら分からず、木内さんは小出先生もエリート、開成高校→東北大学、エリート生活を満喫できたはずなのに、なぜしなかったのかと問われて、小出先生はとことん核に夢を持ち、中学生には地学が大好き、ここに進もうと思ったこともあったが、核の平和利用、原発のことを肯定して、大学に入り勉強したら、これはダメだと気づいて、自分が心底信じたものが誤り、核のところに進んだのは誤りと気づいて、しかし、自分で落とし前を付けるべきと思い、核をやめさせるために勉強、研究することにして、今の官僚、政治家は東大話法をつかい自分のため、家族、仲間のため、しかし小出先生はそんな価値観はない、ほとんどの日本人はお金持ちになる、出世する流れの中で行きているのが人生の目標だが、小出先生という人間は他にない自分であり、自分でやりたいことをやる、それでないと人生は損すると思い、全て自分のやりたいことをやっているものである。
(永岡注:東大などのエリートは、教科書に載っている問題を教科書に書いてある方法で解くのに長けているだけで、実態は福島原発事故の際の東電の無能な経営陣、改竄スキャンダルに何もできない神戸製鋼の能無し経営者たちが示しているように、想定外のことが起きたら何も出来ず、それでいて竹やりでB29と戦えると思っている、どうしようもない連中で、日本の教育が根本的に間違っているのでこんなデタラメ手合いが量産されて(これは戦前からのもの、太平洋戦争、真珠湾攻撃もこれで起きた)、モリカケ問題もそのために起きるのです)
安冨さんは、小出先生のこと、香山リカさんが小出先生のことを脱原発のヒーローとしているものについて、いちいち塊ごと分析されて、香山リカさんは小出先生のことを神様と思う、引きこもりだと上から目線でいうものの、助けられるかわいそうな人としているすり替えを安冨さんは暴き、東大話法とは異なるが、小出先生のことを分析していない、小出先生は最下層の教員であることを快適とおもう、助教より教授はカッコイイという中で、しかし、そんなことに何の理想があるか?木内さんの理想は5歳時、頼れるものには何もないが、道を歩くと楽しそうで、あの幸せ感を欲しく、それで小さなラジオを始めた。
東大話法の本に、小出先生は帯に推薦文を書かれて、安冨さんは東大教授で東大話法を批判されて、自分と闘う姿勢を評価されて、小出先生にインタビューした中で安冨さんは突出して、テレビ局、ラジオ、雑誌などの社会組織の中からの依頼であったが、安冨さんは組織と関係なく、木内さんも同じで、一匹狼で来るのを小出先生歓迎されて、木内さん、マハトマ・ガンジー、心理にしがみつくことを指摘されて、以前小出先生とお話されて、胸の小づちのことを説かれて、小出先生、安冨さんと意味は違うが、その通り、朝風呂に入りたいならそうである。

英語の挨拶文、京都大学原子炉実験所からややこしい名前になり、木内さん、小出先生と今中先生が抜けたからかと問われて、小出先生、旧原子炉実験所、原子炉と聞くと原発推進のための研究所と思われるが、実態は異なり、核の基礎学問の場所であり、物理、化学で中性子をつかい研究したい研究者のため、原子炉を作る→中性子を作れる、核とは本質的に関係ない、原発のことを知る研究員は少なく、200人の職員で研究員は80人、原発のプロは数えるほどで、熊取6人衆ができて、原子炉があり、京都ではな熊取(和歌山との境界)、原子力マフィアから後ろ指を指されながら、小出先生他熊取6人衆は原子力マフィアと闘い、原子炉実験所、企業からお金をもらうなら、原子力というと集まり、核と関係なくても、原子力でアピールしたい人間もいて、複合原子力という名称変更は、小出先生ふざけるな、複合中性子科学とすべき、これも東大話法であり、どうしても原子力と使いたい、小出先生は所員なら抗議したいところ。
小出先生、今中先生が去られて、熊取6人衆の後継者はいない、しかし、核のゴミは処分不可能、フレコンバックも福島事故で破綻、なぜ後継者を育てなかったかと木内さん問われて、小出先生、どうしてか?

木内さん、核のゴミは消えず、小出先生や今中先生に聞きに来ないのかと問われて、小出先生、放射能を消す手段を自分の世代で作りたかったが、この技術は76年やってできず、しかし何とかブレイクスルーを見つけて、放射能を消す手段を研究したいが、核のゴミを消す手段はなく、福島事故で環境にばらまかれて、それを収集する手段なし、小出先生は、組織の中では核のゴミの管理であり、核のゴミは他のゴミと混ぜてはダメ、まとめて集中して管理すべきであり、残念なことに、福島事故で原子炉の中の放射能が環境にばらまかれて、集中して管理するしかないのに、国は小出先生と正反対のことをやり、事故を忘れさせたい、他のゴミと混ぜてなかったことにする、中間貯蔵施設、福島原発の敷地、しかし中間で30年というのはもちろん嘘で、核のゴミを全国にばらまく、100ベクレル/kg以上は厳密な管理が必要なのに、8000ベクレル/kgは放射能として扱わなくていい、全国の公共事業で使えとなり、小出先生の考え方の逆、小出先生は、核のゴミは集中して管理すべき、フレコンバックは有効ではなく、数年しか持たず、誰もあたらしいフレコンバックに詰め替えない、国は8000ベクレル以下のものはフレコンバックから出していいとして、これはアカン、小出先生はこれを集中させるべき、もともと福島原発の敷地にあったものでそこに返すべきだが、そこは猛烈な放射能汚染で作業員が何千人いてダメ、しかし、福島原発は石棺として何百年管理するしかないと小出先生は事故直後から言われており、しかし国も原子力マフィアもそれをせず、しかし福島原発で今何をやっているのか?熔けた炉心はどこにあるか分からず、これ以上熔けたら破綻
で、冷却のために水を炉心にかけるしかなく、汚染水タンクには100万トンの汚染水、タンクは無数にあり破綻する、遠くない将来に放射能を含んだ水を海に捨てることになり、そうしたら世界から批判されるが、しかしアメリカは文句を言わない、日本の核はアメリカにやらされたので、アメリカは日本の核の不祥事に文句を言わないし、福島原発事故の放射能の総量は、アメリカが大気圏内核実験で出したものの1/10なので、アメリカは汚染水放出に文句を言わず、世界はアメリカが支配して、文句をいう国はなかなかない。アメリカはやりたい放題。
ラジオ・コバニという映画があり、シリアでラジオを始めた20歳の女性のことに木内さん感銘を受けて、20さい
の女性にもやれる、木内さんもやることはあり、そうやってコツコツとやったら貴重なものではあり、木内さん、これを続けて安倍政権や原子力マフィアに抵抗すると決意されて、小出先生もこれを評価されて、木内さんを多くの人たちが支えているのだと締めくくられました。以上、小出先生のお話でした。
この他、新しい憲法の話もありましたが、私の体力の限界で、書き起こしはできず、木内さん、小さなラジオを支えてくださった方に謝意を述べられました、これで小出先生、木内さんを応援します、以上の内容、いくらでも拡散してください、小さなラジオ、聞いてください!

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