3/1被ばく久保山さん悼み焼津で行進 ビキニ「第五福竜丸」65年【共同通信社 他】

3.11を忘れないように高槻deパレードをするようになってもう6回目という。
第2回が大雨だったけれど、今年はパレード終了後の午後4時頃に小雨が降るらしい。
去年の今日3/1は出勤途上で捻挫した日だったのを思い出した。
いや、そんなことどうでもよい。「第五福竜丸」の日なんだ。

3月1日はアーサー・ビナードさんの『ここが家だ―ベン・シャーンの第五福竜丸』を読む日にしなくては。
この恥知らずな国は人々が忘れるのを待っているのだから、絶対忘れてなんかやらない。

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被ばく久保山さん悼み焼津で行進 ビキニ「第五福竜丸」65年

https://this.kiji.is/474050110054958177?c=39546741839462401
2019/3/1 14:223/1 14:24updated【©一般社団法人共同通信社】

第五福竜丸の無線長久保山愛吉さんを悼み、核兵器廃絶を訴え行進する人たち=1日午前、静岡県焼津市

米国のビキニ水爆実験で静岡県焼津市の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が被ばくしてから65年となった1日、被ばく半年後に亡くなった無線長久保山愛吉さん=当時(40)=を悼み、核兵器廃絶を訴える人たちが同市内を行進した。

参加者は午前9時半ごろ、久保山さんの墓がある弘徳院に向け、JR焼津駅を出発。横断幕を掲げて約2キロ歩き、久保山さんの好きだった赤いバラを墓前に手向けた。

高松市から参加した農業薬師敏宏さん(61)は「いまだに世界から核兵器がなくならず残念だがあきらめず、子どもたちが安心して暮らせる平和な社会をつくっていかなければいけない」と話した。

第五福竜丸の無線長久保山愛吉さんの墓前で手を合わせる人たち=1日午前、静岡県焼津市

 

核廃絶求め焼津で行進 ビキニ被ばく65年 久保山愛吉さん悼む

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「第五福竜丸、物語共有を」 米国人監督の映画上映 静岡

http://www.at-s.com/news/article/local/central/605882.html?news=604583
(2019/3/1 07:57)

映画の特別試写会であいさつするキース・レイミンク監督(左から2人目)=28日午後、静岡市駿河区のグランシップ

1954年に米国が太平洋ビキニ環礁で行った水爆実験により被ばくした焼津港所属のマグロ漁船「第五福竜丸」を題材に、元乗組員の人生を描いたドキュメンタリー映画「西から昇った太陽」の特別試写会が28日、静岡市駿河区のグランシップで開かれた。米国人映像作家のキース・レイミンク監督(40)が来場し、「(事件の)物語を共有する機会にしたい」と語った。

レイミンク監督は25日に亡くなった見崎進さん=享年(92)、島田市=ら元乗組員の取材について「事件のことを伝えようと、みんな笑顔で歓迎してくれた」と振り返った。映画は約4年かけて完成し、米国の学校でも上映会を開いたという。「小さなプロジェクトだが、人々が核兵器について学ぶきっかけになれば」と願った。

試写会には約90人が参加し、映画の上映後には監督との意見交換も行った。

 

第五福竜丸元乗組員、見崎進さん逝く ビキニ被ばく伝え続ける

http://www.at-s.com/news/article/social/shizuoka/604583.html
(2019/2/26 07:54)【静岡新聞NEWS】

キース・レイミンク監督(右端)らの取材を受ける第五福竜丸元乗組員の見崎進さん(左端)夫妻=2014年12月、島田市(粕谷たか子さん提供)

映画「西から昇った太陽」のポスター

第五福竜丸元乗組員の見崎進さん(92)=島田市=が25日、亡くなった。晩年はビキニ事件の記憶を語り継ごうと取材や聞き取り調査に応じてきた。米国人映像作家が見崎さんら元乗組員の人生を描いた映画が、28日のビキニデー集会に合わせて日本で初めて披露される直前の訃報だった。被ばくから65年。事件の実情を伝える数少ない証人がまた一人この世を去った。

見崎さんが出演したのは、米国人映像作家のキース・レイミンク監督による映画「西から昇った太陽」。元乗組員らの証言を基に約4年間の制作期間を経て完成した映画を、見崎さんは昨年、自宅で視聴し「ええっけよ。よくできているよ」と喜んだという。

レイミンク監督の取材をサポートしたのは同市の粕谷たか子さん(69)。2013年に地元の中高生が行った聞き取り調査をきっかけに見崎さんとの交流を続けてきた。「本当にたくましく、明るく前向きな方」と人柄をしのび、「被害に遭った人にしか分からない痛みや苦しみを、若者たちへ真剣に伝えてくれた」と惜しんだ。

3・1ビキニデー県実行委員会運営委員会代表の成瀬実さん(82)=焼津市=は「事件の後、家族のためにじっと耐えてきた。生きざまがそのまま歴史になっている」と振り返る。記憶を語り続けた見崎さんの思いを「仲間が亡くなる中で『伝えなければ』という危機感があったのでは」と推し量った。同実行委員会事務局長の大牧正孝さん(69)=静岡市葵区=は「事件を風化させないために、われわれが伝えていかなければならない」と言葉に力を込めた。

 ■28日静岡で特別試写会

映画「西から昇った太陽」は、元乗組員の見崎進さん、池田正穂さん(86)=焼津市=、大石又七さん(85)=東京都=による証言映像と、日本の紙芝居に着想を得たアニメーションで構成するドキュメンタリー。元乗組員が船上で目撃した爆発の光景や放射能の影響だけでなく、漁師の暮らしや帰国後の治療の経過、家族との絆など、一人一人の歩みを丹念に追った。

映画の特別試写会は28日午後7時から、静岡市駿河区のグランシップで行う。上映後にキース・レイミンク監督が参加者と意見交換する。定員は先着95人。希望者は直接会場へ。上映協力金500円。問い合わせは電話またはファクスで粕谷たか子さん<電0547(37)3563>へ。

 

大切な証言者が…ビキニ事件から65年 第五福竜丸の元乗組員 見崎進さん(92)死去

【テレビ静岡】2019年2月26日 火曜 午後6:00
https://www.fnn.jp/posts/2019022600000007SUT

65年前、アメリカの水爆実験に巻き込まれた焼津市の「第五福竜丸」。

この元乗組員・見崎進さんが、25日、肺がんのため亡くなりました。92歳でした。

1954年3月1日。

静岡県焼津港所属のマグロ漁船「第五福竜丸」は、マーシャル諸島沖で水爆実験に巻き込まれました。いわゆるビキニ事件です。

乗組員の1人だった見崎進さんは、放射性物質を含んだサンゴ礁の残骸、いわゆる「死の灰」を浴びて被ばくし、1年2ヵ月の入院を余儀なくされました。

退院後は、地元・焼津市で豆腐店などを経営していた見崎さん。

晩年は、講演会などで体験を話し、事件を語り継ぐことに力を入れていました。

2014年撮影・見崎進さん「やっぱり忘れないようにしてもらいたい。こういう物は怖いって。いつまでも残したいね。日本だけだもんね。(原爆・水爆ともに)そういう目に遭っているのは。そういうのを忘れてしまっては怖い。いつまでも残したいと思う」

第五福竜丸の事件を忘れない。

見崎さんの姿を約20年見守ってきた成瀬さんは。

3・1ビキニデー静岡実行委員会・成瀬実代表(82)「私たちは迷惑をかけたと、後ろ指さされないように立派に生きていかなければと、常に福竜丸の名前が我々には付いてるから、ちゃんとして、恥ずかしくないように。あるいは、これからの世の中のために、精一杯尽くす立場で頑張ろうと。そういう思いが、福竜丸の乗組員さんたちにはあるんです。その中のおひとりであったと思います」

ビキニ事件からまもなく65年。大切な大切な証言者が、この世を去りました。

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