9/17除染目標の緩和懸念 ICRP新勧告案【東京新聞・特報】

「ICRPの基準が10ミリシーベルトになったらしい」との噂を先月聞いた。

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除染目標の緩和 懸念 ICRP新勧告案

   復旧期の目標 年1ミリシーベルト「程度」

2019年9月17日【東京新聞・こちら特報部】

東京電力福島第一原発事故後、政府は除染によって住民の被ばく線量を年間1ミリシーベルトまで下げることを長期的な目標としてきた。ところが今、「年間1ミリシーベルト」の緩和につながる動きが出ている。政府が頼りにしてきた国際放射線防護委員会(ICRP)が新たな勧告をまとめようとしているのだ。国外で進む議論は様子が分からない上、政府の振る舞い方も不自然なため、批判と困惑が渦巻いている。 (榊原崇仁)

「従来のICRP勧告には長期的に被ぱくを低減する目標値として『年間一ミリシーベルト』とあった。それが新勧告案では唐突に『年間一ミリシーベルトのオーダー』となった。オーダーは理系の世界で桁のこと。一ミリシーベルトの桁、つまり『九ミリシーベルトでもいい」と変えるということか」。脱原発を目指す「原子力市民委員会」の専門部会員で慶応大の浜岡豊教授(応用統計学)は問題視する。

ICRPは被ばくを抑えるための方針を「勧告」という形で各国に示してきた。設立は一九二八年。英国のチャリティー団体で、日本の専門家らも名を連ねる。勧告は強制力がないが、日本政府は福島原発事故後、大いに参考にしてきた。

従来の勧告は、原発事故直後の住民向けの方針として、全身に影響を及ぼす被ばく線量として年間二O~一OOミリシーベルトの間で目標値を決め、その値を上回らないよう避難などを行うと記している。その後の復旧期は年間一~ニOミリシーベルトの下方で設定して被ばく低減を図るとあり、「代表的な値は年間一ミリシーベルト」と明記していた。

日本政府は勧告を踏まえ、年間二Oミリシーベルト以上の被ぱくが見込まれる地域は避難を求めた一方、二O一一年十一月には「除染の長期目標は年間一ミリシーベルト」とし、この値以上になる地域は除染を進めることにした。

ICRPが新勧告案の取りまとめを始めたのは、日本政府が一一年に長期目標を定めた後の一三年からだった。大規模原子力事故後の放射線防護のあり方に焦点を絞ったのが特徴で、目新しいのが浜岡教授が指摘した内容だ。つまり除染などを進める復旧期は「年間一ミリシーベルトのオーダーになるよう被ばくを減らす」と記したのだ。

ただし、「オーダー」の意味は明確ではない。新勧告案は英語版しかなく、「the orfer of 1mSv per year」と記された原文の細かなニュアンスが分からない。さらに「オーダーと付けた理由も特に書かれていない」(浜岡教授)。

ICRPは現在、新勧告案に対するパブリックコメント募集している。中身を疑問視する市民団体などは東京都内で繰り返し学習会を開いている。

先月二十二日の会合には日本国内の放射線防護を所管する原子力規制委員会の事務局職員が招かれたが、オーダーの意味を問われても「ICRPの中での議論。回答は控える」とわれ関せずの姿勢を鮮明にした。

オーダーの謎が少しだけ解けたのは今月二日の会合。新勧告案をまとめたICRPの作業部会で議長を務める大分県立看護科学大の甲斐倫明教授(放射線防護学)が招きに応じ「オーダーは『約』『程度』の意味。英語を母国語とする人に聞いた」と述べた。しかし、オーダーを付けた理由は暖昧なままだ。

前出の浜岡教授は「『程度』が付くと解釈の余地が生じる」と語る。つまり、新勧告に「被ばく低減の目標値は一ミリシーベルトより多少高くても大丈夫」と解釈できる表現が入れば、ICRP勧告を基に設定した除染の長期目標の緩和にもつながりかねない、ということだ。

政府思惑 反映か

 国外でまとめ、被災者置き去り

  規制委員ら関与

「年間一ミリシーベルトのオーダー」を盛り込んだICRPの新勧告案は、日本政府の意向が全く反映されていないと言えるのだろうか。

新勧告案をまとめた作業部会の議長を務める甲斐氏は、規制委が設置する放射線審議会の委員だ。副議長の本間俊充氏は規制委の事務局職員。作業部会の上にある専門蚕員会には本間氏と規制委員の伴信彦氏、最上位の主委員会は甲斐氏が名を連ねる。こんな状態だと、「新勧告案と日本政府は無関係」とする方が変な疑念を抱かせる。

日本政府には年間一ミリシーベルトという除染の長期目標を少しでも緩和したい願いがあるように思えてならない。

環境省によれば、除染は帰還困難区域を除いて昨春、計画分が一通り終了したが、全般的に長期目標を逮成できたわけではない。

同省は事故から半年後の段階で「年間一ミリシーベルトに相当する空間線量は一時間当たり0・二三マイクロシーベルト」と確認していた。長期的には毎時O・ニ三マイクロシーベルトにしたいということだ。しかし、避難指示が出た地域で言えば、宅地二十五万地点の空間線量は、除染前の平均が毎時一・三九マイクロシーベルトだったのに対し、除染後の値は同0・五六マイクロシーベルト。その後、自然減衰で値は下がっているものの、今も同0・二三マイクロシーベルト超という地点は少なくない。

除染の遅れや限定的な効果は住民の不満を呼んできた。過去には福島県内の現職首長が続けて落選するドミノ現象が起きたほど。昨年の伊達市長選でも除染が争点となり、現職だった仁志田昇司氏が敗れた。

今の長期目標は政治家の足元を揺るがす火種になるほか、カネの問題にもつながる。環境省が考える除染費用だけでも四兆円。徹底して除染すれば、さらに費用はふくらむ。長期目標が達成でいない現状ゆえ避難した住民の多くが帰還してこないという見方もある。

実は以前から今の長期目標に異を唱える人たちはいた。一三年十月には前出の仁志田氏が「年間一ミリシーベルトという非現実的な数字が除染や帰還を困難にしている」と発言。規制委員長の更田豊志氏は昨年一月、「年間一ミリシーベルト相当は毎時0・二三マイクロシーベルト」という換算式を疑い、「毎時一マイクロシーベルトのところに居住しても年間一ミリシーベルト以下になる」「改めないと復興を阻害する」と訴えた。

福島県内で空間線量の測定などを続ける「会津放射能情報センター」の片岡輝美代表(五八)は「原発事故後の日本政府は都合良く基準値を緩め、『問題なし』と見せかげようとしてきた。ICRPが新勧告案で『一ミリシーベルトのオーダー』と書き換えたのも似たやり口と感じる」と話す。「日本の法律では年間一ミリシーベルトの被ぱくをさせてはいけないはず。今はそれも守られていない。深刻な車故が起きたのにルールを厳格にせず、なぜ逆の方向で話が進むのか」

環境省は現在、除染で生じた汚染土を再利用しようとしている。その基準値を決める際にも除染の長期目標を参考にした。具体的には、『道路の資材などで再利用しても周辺住民の被ぱくが年間一ミリシーベルト以下になる放射能濃度」として算出したのが一キログラム当たり八000ベクレルという基準値だ。今後、除染の長期目標を緩和した上、放射能濃度が高い汚染土も再刺用を進め、引き取り手が決まっていない最終処分向けの土を減らすということはないだろうか。

日本大の糸長浩司特任教侵(環境学)は「福島の被災地に大きな影響を及ぼしうる新勧告なのに、国外で話をまとめた上で日本に適用させようとしているのはおかしい」と訴える。

「ICRPという団体の位置付けが曖昧にもかかわらず、日本政府はありがたがってきた」と疑問視した上、「ICRPは放射線防護の方針を決める上で当事者を含めた形で協議することが大切と提案してきたが、彼ら自身がそうしていない。本末転倒な状況では、被災した多くの人たちが納得できない」と語る。

デスクメモ
行政文書や法律文書で注意が必要なのは「等」だ。目新しいことが書かれていない文章でも、「OO等」と一文字加わることで、示す範囲が拡大する。単なる省略ならいいが、実は「等」のほうに重大な意味が込められていることも。わずかな変化で、ごまかされないようにしたい。(本) 2019・9・17

新勧告案に疑問を呈している浜岡豊教授=東京都内で

(上)年間換算すれば1ミリシーベルトを超える値を示すモニタリングポスト=3日、福島県飯舘村で
(下)原子力規制委員会の事務局職員らを招いて開かれた新勧告案の学習会=東京・永田町の衆院第2議員会館で

カテゴリー: 放射能汚染, 中日東京新聞・特報 タグ: パーマリンク