10/3森山栄治 (地方公務員)【Wikipedia】/関西電力・高浜原発「町長暗殺指令」【週刊現代

関西電力・高浜原発「町長暗殺指令」【週刊現代】

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森山栄治 (地方公務員)【Wikipedia】

森山 榮治(もりやま えいじ、1928年(昭和3年)10月15日 – 2019年(平成31年)3月[1] )は、日本の元地方公務員、元原発実業家、元人権教育家。福井県大飯郡高浜町西三松出身。高浜町元助役(現副町長)、同町元教育委員長で、原発関連会社の元役員、関西電力元講師、関電プラント元顧問。内藤千百里関西電力元副社長とは昵懇な関係であった。

来歴
1928年10月 – 福井県大飯郡高浜町西三松出身[1][2][3]。
1949年5月 – 京都府庁に奉職[4]。 以後、綾部市役所などに勤務。

1969年12月 – 町長から招聘を受け高浜町役場に入庁[4]。
1969年12月12日 – 関西電力高浜原子力発電所1号機に対する設置許可[5]。 民生課長、総括課長、企画課長、収入役や助役などを歴任[3]。

1975年 – 1977年 収入役。
1977年4月 – 1987年5月 高浜町助役。
1987年5月 – 高浜町役場を退職。関電プラント顧問就任。 以後は地元建設会社などの顧問や副社長、福井県客員人権研究員、福井県人権施策推進審議会委員、高浜町都市計画審議会委員、高浜町教育委員長等を務める[6][4]。
プルサーマル計画導入反対派の今井理一元町長と対立。『関西電力「反原発町長」暗殺指令』(斉藤真/宝島社)

2010年 – 高浜町教育委員退任。
2017年 – オーイング取締役退任。自宅を京都市から高浜町に移す[4]。
2018年 – 税務調査を受ける。関電プラント顧問退任。
2019年3月、90歳で死去。

人物

町政関係

10年間もの長期にわたり高浜町の助役を務め、1985年始動の関西電力高浜原子力発電所3・4号機の誘致に尽力し、高浜町の原発産業の立役者となる。高浜町役場を退職したのちも、町の都市計画審議会の委員などを歴任するなど町の顔として活躍し、コードネーム「M」として、国会議員や県議会議員との人脈や、関西電力との関係などから隠然と強い勢力を保った[2][7][4]。

1978年の高浜発電所第3号機及び第4号機増設計画の建設協力金は9億円とされたが、助役時代の森山が落とした手帳には、24億円を受けとったと書いてあった[8]。

1982年から1987年まで町長を務めた田中通元町長は、助役時代の森山につきその仕事ぶりから「やり手」と評し、「どちらが町長でどちらが助役なのかわからないという話もあった」とし、原発関係は助役や企画課長が担当しており、町長は深い政治には関わらず、関西電力の担当者とも天気の話くらいしかしなかったと、当時のことを回想した[9]。部下には「相手のことを考えて仕事をしろ」と訓示を垂れていた。役場内では名前を必要以上に呼ばないよう配慮されていたという[10]。

役場で同僚だった大飯郡選出の田中宏典自由民主党福井県議会議員は、「真面目で厳しい人だった」と述懐した。敦賀市選出で自由民主党所属の石川与三吉第89代福井県議会議長は、氏の業績に関し「「関西電力は森山元助役のおかげで大きくなった」というぐらいのことは言ってもいい」と述べた[11]。

原発実業家として

高浜町の原発警備会社オーイングの筆頭大株主で[12][13]、2017年まで同社取締役を務め、関西電力からの受注増により、2007年から12年間で10倍に売上を伸ばした[9][13]。また1987年から2018年に体調悪化により退任するまで関電プラント顧問を務めた[9][14][15]。地元建設会社吉田開発の顧問も務め、同社は関西電力からの原発工事が増加して売上を6倍に伸ばした[10][16]。この他複数の原発工事会社に顧問等として影響力を有していた[9]。

関西電力に数十億円の請求書様の用紙を送りつけたり、遅刻した関西電力幹部を叱りつけたり、億単位の高浜町への寄付金を獲得したり、原発工事受注の差配をし工事受注手数料などの名目で、原発建設会社から億単位の報酬を得ていたほか[9][17]、兵庫県高砂市の原発工事・メンテナンス会社の相談役を、2017年ないし、後述の税務調査が入ったのちの2018年まで務め、2019年に90歳で死去した[18][19]。

人権教育活動

関西電力人権教育研修講師として、定期的に大阪、京都、福井で関西電力役員や県庁吏員を相手に教鞭を執り、「先生」と呼ばれて関西電力の専属担当者を従え、懇親会で幹部連中と交流も持った[2][20][21][22]。氏を「先生」と呼ぶ人権教育の教え子には八木誠関西電力会長や、岩根茂樹関西電力社長などがいる[23][24]。

福井県客員人権研究員として[4]、同和問題等の人権問題の調査研究に従事したほか[25]、福井県人権施策推進審議会委員[26]、高浜町教育委員長等も歴任し[12]、1996年には法務省人権擁護局長感謝状を受賞した[27]。2010年高浜町教育委員を任期満了に伴い退任[28]。

金銭納金問題

2018年の財務省国税庁金沢国税局の税務調査で、自宅から帳簿や資金の提供元や供出先が記されたメモが押収され、関西電力幹部の自宅の捜索がなされ[29]、2011年から2018年にかけて、関西電力の八木誠会長や、岩根茂樹社長、豊松秀己副社長らに、「原発マネー」とおぼしき3億2千万円を渡していたことが、明らかとなった[30][31][32]。

そこで関西電力では大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件で懲戒処分を受けて退官した小林敬元大阪地方検察庁検事正を委員長とする調査委員会を設置し調査にあたり、八木会長や岩根社長ら関係者を社内で処分したが、これらの事実を取締役会に対しては隠蔽した[33]。

2019年に報道各社により明るみに出され、事態を受けた菅原一秀経済産業大臣は、記者会見で「言語道断。ゆゆしき事態だ」と断じた[34]。更田豊志原子力規制委員会委員長は、「まだそんなことがあるのか」「憤りを感じた」とし、関西電力の対応を批判した[35]。

2019年10月2日に関西電力が改めて記者会見を行い、金品の受領を断ると激高した森山氏から「どうして受け取らないんだ!」「お前の家族がどうなるのか分かっているのか」と土下座を強要されるなど、断れない力関係にあったと説明した。[36]

賞罰

住民生活、地域福祉に尽力し、多くの受賞歴がある。以下に一部を列挙する[3]。
1973年2月13日 – 自治功労賞[3]
1975年2月10日 – 社会教育功労賞[3]
1976年3月31日 – 地方自治の振興と地域社会の発展功労表彰[3]
1985年10月28日 – 科学技術長官賞[3]
1996年 – 法務省人権擁護局長感謝状受賞[27]
2003年 – 瑞宝双光章[37]
2005年 – 高浜町町政功労者表彰[12]

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