11/28教皇「原発 利用すべきでない」/「完全な安全必要」踏み込む発言/「核兵器使用・保有は倫理に反する」/(社説)教皇の脱原発 心強く受け止めたい【東京新聞】

教皇「原発 利用すべきでない」

「完全な安全必要」踏み込む発言

「核兵器使用・保有は倫理に反する」

2019年11月28日【東京新聞・国際】

【ローマ共同】ローマ教皇フランシスコは26日、原発はひとたび事故となれば重大な被害を引き起こすとして「完全に安全が保証されるまでは利用すべきではない」と警告した。教皇庁(バチカン)は原発の是非について立場を明確にしておらず踏み込んだ発言。東京からローマに戻る特別機の中で、記者会見し述べた。

日本滞在中は、核廃絶への強いメッセージと比べ、原発を巡っては遠回しに反対の立場を示すにとどまっていたが、東日本大震災被災者や東京電力福島第1原発事故からの避難者と交流し、被害実態を直接聞いたことが教皇に影響を与えた可能性がある。

訪日を振り返り、24日の被爆地訪問は「深く胸に刻まれる体験だった」と表明。被爆者の体験を聴くなどしたことにより「とても強く心を動かされた」と語った。長崎と広島の「両方を訪れたかった」とし、自らの希望で両被爆地を訪問したことを明かした。

原発事故に関し、東京電力福島第一や1986年のチェルノブイリの例を挙げながら、いつでも起こり得ると指摘。「甚大な災害が発生しない保証はない」と強調した。

訪日中は、東日本大震災被災者や福島原発事故避難者を前にした25日の演説で「日本の司教は原発の廃止を求めた」と述べるにとどまり、自らの言葉で原発に対する明確な姿勢は示さなかった。

教皇は会見で核兵器にも言及。使用だけでなく保有についても「倫理に反する」と改めて非難し、このことを信者に対する教理の手引「カテキズム」に盛り込む意向を表明した。

世界で核保有が続けば偶発的な事故や政治指導者の愚行により「人類が滅びかねない」と警鐘を鳴らした。

死刑問題については「(世界での死刑廃止へ)少しずつ取り組んでいかおばならない」と述べ、進展には時間がかかるとの見方を示した。香港情勢についても質問されたが個別の意及は避け、対話と平和を求めると述べるにとどめた。

いつ中国に行くのかとの質問には「北京に行きたい。中国が大好きだ」と発言。具体的な訪問時期には触れなかった。

 機内会見発言要旨

一、長崎、広島の被爆地訪問は深く胸に刻まれる体験だった。長崎と広島の両方を訪れたかった。原爆の被害を受けていることは共通しているが、長崎はキリスト教カトリック信徒の殉教の地でもある。被爆者の体験などを聴き、とても強く心を動かされた。

一、核兵器の使用と保有は倫理に反するということを繰り返しておく。これらはカトリック教会の(信者に対する教理の手引である)カテキズムに盛り込まれなければならない。世界で核兵器の保有が続けば偶発的な事故や政治指導者の愚行によって人類が滅びかねない。

一、東京電力福島第一原発事故で体験したように、原発事故はいつでも起こり得る。個人的な意見だが、原発事故によって引き起こされる被害は重大なものとなるため、完全に安全が保証されるまでは利用すべきではない。甚大な災害が発生しない保証はない。

一、(世界の死刑廃止へ)少しずつ取り組んでいかねばならない。

一、(香港情勢に関する質問に)香港だけでなく、世界各地に問題を抱えた場所がある。問題解決に向け、対話と平和を求める。

26日、特別機内で記者会見するローマ教皇フランシスコ=ロイター・共同

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教皇の脱原発 心強く受け止めたい

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019112802000146.html
【東京新聞・社説】2019年11月28日

ローマ教皇フランシスコが原発利用への反対を表明した。東日本大震災被災者らの悲しみの声を聞いた後での、踏み込んだ発言だ。核廃絶に加えて明確にした、脱原発の理想を共有したい。

訪日からローマに戻る機中での会見で教皇は「日本が体験したトリプル災害(地震、津波、原発事故)はいつでも起きる可能性がある。原子力利用は完全な安全性を確保するに至っていないという意味で限界がある」と指摘。個人的な意見とした上で「私は完全な安全性が実現するまで核エネルギーを使用しない。災害が起こらない保証が十分ではない」と述べた。

教皇は広島で「戦争への原子力使用は犯罪以外の何ものでもない」と核廃絶を強く訴えた。一方で、震災被災者らとの集いでは「兄弟である日本の司教たちは原発の廃止を求めた」「将来のエネルギーに関し、勇気ある重大な決断をすることが最初の一歩だ」と述べたものの、原発の是非は直接明言しなかった。

集いでは、福島県いわき市から東京に避難している高校生が「いじめに遭い、死にたいと思うほどつらい日々が続いた。政府の思惑で被害者の間に分断が生じた」などと訴えた。教皇の心を動かしたのではないか。

今回の発言には伏線もある。教皇が「皆がともに暮らす家」になぞらえる地球の環境が破壊されつつあることへの危機感だ。

環境汚染や地球温暖化を警告した二〇一五年の回勅(公的書簡)で教皇は原子力エネルギーについて「ある区域の生活の質に深く影響する可能性があり得ます。目先の利益と私的な利害関心を優先する消費主義文化は、安易な認可や情報の隠蔽(いんぺい)を容易にする可能性があります」(「回勅 ラウダート・シ」、カトリック中央協議会刊)と指摘し、コスト、リスクの見極めが必要だと訴えていた。

福島の実情を知り、原発はコスト、リスクとも、「ともに暮らす家」を持続していくには見合わない、と判断したのだろう。

核兵器禁止条約を批准せず、原発推進を続ける日本を教皇が批判したり、方針転換を迫ったりすることはなかった。大きな発信力、影響力はさらに世界へと向けられている。被爆国日本は、バチカンと協力して核兵器廃絶に全力を挙げたい。

原発被災国としては、脱原発実現に向け、教皇のメッセージを心強く受け止めたい。

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