バッハIOC会長、人類初の核実験の日に広島訪問 被爆者ら「賛成できない」「平和利用」に疑問の声【21/7/16東京新聞】

バッハIOC会長、人類初の核実験の日に広島訪問 被爆者ら「賛成できない」「平和利用」に疑問の声

2021年7月16日 06時00分 「東京新聞・社会】https://www.tokyo-np.co.jp/article/117004/1

 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が16日に広島を訪問する。76年前、米国で人類初の核実験「トリニティ実験」が行われた日だ。広島、長崎への原爆投下を決定的にし、核時代の道を開いた転換点はどんなものだったのか。そんな日に、コロナ禍も顧みず被爆地を訪問するIOCの五輪とは、本当に「平和の祭典」なのか。(中山岳、佐藤直子)

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◆トリニティ実験とオリンピック作戦

14日、首相官邸で菅首相との会談に臨むIOCのバッハ会長(左)=小平哲章撮影

 「コロナ禍で多くの人の命と健康が危険にさらされている中、感染を広げるリスクがあるのに広島を訪れるのは賛成できない」

 広島県原爆被害者団体協議会の佐久間邦彦理事長(76)は、バッハ氏の訪問に疑問を呈する。とりわけ76年前のこの日は、被爆者にとって重要な意味がある。「広島、長崎への原爆投下につながる『核の時代』が始まった日です」

 1945年7月16日、米国ニューメキシコ州の実験場「トリニティ・サイト」で行われた初の核実験のことだ。米国が極秘に進めていた「マンハッタン計画」で、8月9日に長崎へ投下されたものと同じプルトニウム型原爆を爆発させた。威力はTNT火薬換算で約19キロトンに上った。

 当時、日本では九州地方への空襲が激しさを増しつつあった。空襲研究者によると、米国は日本の抵抗が続くことを想定。同年11月に南九州に上陸する「オリンピック作戦」の準備を進めていた。しかし、トリニティ実験の成功を受け、米国は広島、長崎に原爆を投下。8月15日に日本は無条件降伏し、同作戦は実行されなかった。

 原爆の死者は45年中だけで広島で約14万人、長崎で約7万4000人に上った。戦後も米国やソ連が核実験を繰り返し、原爆をはるかに上回る威力の水爆を開発。ピーク時の86年の核弾頭は7万発を数え、今も人類を何度も滅ぼせる1万3000発が残る。

◆「16日は核の恐怖を問い直す日」

荒野が広がるトリニティ実験跡地に建つ記念碑=米西部ニューメキシコ州で、赤川肇撮影

荒野が広がるトリニティ実験跡地に建つ記念碑=米西部ニューメキシコ州で、赤川肇撮影

 佐久間さんは「広島を訪れた人には、トリニティ実験のことをよく話している。この日は多くの人に核兵器の恐ろしさをあらためて問い直し、廃絶への道を考えてほしい」と話す。 奈良大の高橋博子教授(アメリカ史)も「多くの人を無差別に殺傷する核兵器の始まりの象徴として、トリニティ実験がある。軍関係者や風下の住民が被ばくし、周辺地域が放射能汚染された。だが、米国では原爆投下によって戦争を終わらせたと評価する見方が根強く、犠牲の面は長年、隠されてきた」と指摘する。

 高橋さんは、バッハ氏が来日前、東京大会の実現に「犠牲を払わなければならない」と述べたことにも違和感を隠さない。「誰かを犠牲にして五輪開催を強行する姿勢は、核実験や原爆投下を正当化する米国の姿勢に重なる」

 16日は国連で採択された「五輪休戦決議」の期間が始まる日でもある。IOCのコーツ調整委員長も長崎市を訪問する。広島、長崎市によると、大会組織委員会側はトリニティ実験には触れなかった。長崎県には訪問目的を「被爆地で平和を誓うことにより、全世界に平和を祈念する強いメッセージを打ち出し、五輪が平和の祭典であることを改めて認識していただく」と伝えたという。

 ただ、過去のIOC関係者の被爆地訪問は、94年にアジア大会開催中だった広島を訪れたサマランチ会長(当時)くらい。広島市を2010年以降に訪れた海外の要人は、16年のオバマ米大統領(当時)をはじめ、各国の大使や国連の軍縮担当者が目立つ。19年にはローマ教皇フランシスコが広島、長崎を訪問しているが、例外的だ。

◆広島・長崎共催に難色示したIOC

 そもそもIOCはどれほど平和や核廃絶に関心を向けてきたのだろうか。

 2020年五輪を巡っては09年、広島、長崎両市が「核廃絶五輪を世界にアピールできる」として招致に名乗りを上げていた。しかし、1都市開催を原則とするIOC側は共催に否定的で、計画は頓挫。財政難で市民の反対が強かったという事情はあるが、IOCが被爆地に強い関心を示していたようには見えない。

 メディアは五輪を「平和の祭典」と表現するが、実際はどうなのか。広島市立大広島平和研究所の河上暁弘准教授(憲法学)は、バッハ氏が五輪休戦決議初日の16日に広島訪問することに触れ、「起源をたどれば休戦協定などを結んで開かれた五輪はあったのでしょうが、現実には今も世界で紛争はなくなっていない。現代は五輪が戦争を止めた実績もない」と話す。

菅首相との会談を終え、記者の質問に答えるIOCのバッハ会長(左)

 「オリンピック憲章では、人間の尊厳の尊重や平和な社会の推進が掲げられ、その理念はすばらしい。問題は実態と合っているかどうかだ。平和でなければ開けない祭典が、平和を生み出す祭典になってない。平和とは、単に戦争がない状態というだけではない。人権を守られ、命と健康を脅かされずに生存できる状態でなくてはならない」

 一橋大の坂上康博教授(スポーツ社会学)は「本来五輪は世界の青年が集い、友愛をはぐくむ平和運動だ」とした上で、「しかし、このコロナ禍では回避すべきだった。開催を強行すること自体が五輪の理念に反する。政府がコロナに打ち勝って開催すると言った、その条件が整わないままで開くイベントは平和の祭典とは言えない」と嘆く。

◆コロナ禍最中に人権・命ないがしろ

 東京都内では既に五輪の競技会場すべてで無観客開催が決まり、新型コロナの新規感染者は1日1000人を超えている。バッハ氏は来日後も「日本国民が五輪開催を恐れる必要はない」「聖火がともり、競技が始まれば機運は上向く」などと発言し、広島訪問に反対する声は高まるばかりだ。

 原水爆禁止広島県協議会(県原水協)は抗議声明を発表。訪問中止を求めるインターネット署名はトリニティ実験の日であることも指摘し、1週間で3万人以上が賛同した。弁護士たち広島県民約50人でつくる市民団体「東京五輪の中止を求める広島連絡会」は、訪問を拒否するよう県と広島市に申し入れた。

 1990年代に広島市長を務めた平岡敬さん(93)は「地元自治体としては核廃絶メッセージの発信力に期待して、来る者は拒まずなのかもしれない。でも、このコロナ禍でリスクを増やしてまで平和を訴えても説得力がない。あまりにも人の命をないがしろにしている」と憤慨する。「IOCという組織がどんなに利権にまみれているかが明らかになった。バッハ氏がその正体を隠すために広島の平和のイメージを利用するつもりなら、そんな魂胆は許せない」

◆国は核禁条約や「黒い雨」救済に冷淡

 核廃絶と被爆者の援護は広島、長崎の悲願だが、国はどちらにも冷淡だ。原爆投下直後に降った「黒い雨」を浴びたとして、国が定める援護区域外にいた原告を被爆者と認めた1審の広島地裁判決を巡り、広島高裁は14日、地裁判決を支持して県や市、訴訟に参加する国側の控訴を棄却した。

 平岡さんは「控訴は断念するべきだし、発効した核兵器禁止条約も批准すべきです。核の傘の下にいては、核廃絶の橋渡し役になれない。IOCと一緒になって、口先だけで平和を利用してほしくない。私たちはいつも、無念のうちに亡くなった被爆者たちのことを考えなくてはいけない」と訴えた。

◆デスクメモ 「原因特定困難」で国は逃げるな

 原爆症の原因特定は困難で、長時間を経て資料も乏しい。それを良いことに国は認定範囲を広げず、高齢の被爆者に反論の膨大な時間を使わせてきた。コロナも個別の原因は特定しにくいが、集団のリスクを検証する技術は進歩している。感染が拡大したら、国は責任逃れできない。(本)

ちたりた について

2021/5/13 投稿ページが真っ白で何もできなくなったので、ブログ停止します。まるで画面がウィルスに汚染されたかのようで、わけわかりません。
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