17/6/24(土) 第3回関電八木会長 原発やめて下さいパレードのお知らせ

チラシ → やめて下さいパレードvol3_170624

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第3回 関電八木会長

 原発やめてくださいパレード

日時 2017年24日(土)
午後2時集合 2時40分出発
場所 神内-こうない-かんなび公園(上牧駅近くの公園) 集合

当日は案内が阪急上牧駅に立ちます

神内かんなび公園からJR島本駅までパレード

(呼びかけ)
原発ゼロ上牧行動
脱原発高槻アクション
とめよう原発!!関西ネットワーク

(連絡先)
072-669-1120(坂元)
http://takatukigomi.sblo.jp/

カテゴリー: 関西電力, 高槻アクション, 上牧行動 | タグ:

6/18(日)第二回市民パレード【産廃焼却炉対策協議会】

6/24(土)に上牧で反原発パレードがありますが、産廃炉反対のパレードも6/18(日)にあるそうです。

第一回のパレードは春休みの平日で一千人を越えたというのに、今度は日曜とくればサラリーマンが集まりますから、どれくらいになるでしょうね。

カテゴリー: 上牧産業廃棄物焼却場問題

毎日放送 映像’17(2017/5/29) 全村避難6年、福島・飯舘村と科学者の記録​、今中哲二先生の活動【永岡さん】/文字情報【Mediacrit】

「(飯舘村の)彼らは事故と闘っている」と今中さんは番組で仰られた。

六年前津村さんにはあの番組で、熊取の先生方に目を向けさせて頂いて
あれ以来、あたかも自分の中にある「放射能事故と闘う今中さん」という番組を見続けているような気がする。

要約された永岡さんのメール文の方が、文字の羅列のMediacritより優れている。
音声からの変換だから、画面表示の文字は反映していないのが困りもの。
なお、Mediacritで出て来る数値は線量計の数値で、単位はμシーベルトのこと。

久しぶりなので録画の仕方が思い出せなくて、昨夜はオンエアで番組を拝見。
3時間くらいしか寝ていないせいで今日はとても眠たい。夜遊びはできそうにない。
せっかく鈴木大介が近江八幡に来るのに!

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永岡です、毎日放送の映像’17、福島原発事故、飯舘村についての、今中哲二先生のことが取り上げられました。ディレクターは津村健夫さん(熊取6人組の番組を作られた方)です。

福島県飯舘村、2017年3月、田んぼを2,3段、畑も多数持つ農家さん、何もできない状態になったと語り、シートで放射能汚染された土が隠されて、廃棄処分までここに置き、原発事故で村は全員避難、一生懸命やって、これからの時に残念と村民は語り、これからどうして暮らしていいかわからない、息子さん娘さんの世代のことは分からないと語り、全員避難の村で、科学者が測定、リーダーは今中哲二先生、10時10分、1.4マイクロシーベルト、30km離れても高濃度の汚染があり、線量は落ちておらず、セシウム137の半減期は30年、戻るか、100年後に戻るか、国や東電は村民の判断をちゃんとさせる責任があると言われて、国は飯舘村の避難指示解除、1ミリシーベルトではなく、20ミリシーベルトで帰れと国は言い、避難指示解除で、人々は村に戻るのか、その時に科学者はどう発言するのか、全村避難から6年、放射能に奪われた村のことです。

2011/3/11の東日本大震災、福島原発事故、全電源喪失→メルトダウン→大量の放射性物質が外に出て、過酷事故は起きないという安全神話は崩れ去り、3/15に格納容器が破損して、漏れた放射性物質は北西に行き、30km離れた飯舘村に注がれて、雨もあり、放射性物質は色もにおいもなく、村の風景は事故前と変わらないものの、菅野村長は、農業ができるのか、事故直後、余震の続く中で全村避難。

大阪府熊取町の京都大学原子炉実験所、今中先生はチェルノブイリ事故などを調査、福島原発事故は今中先生にショックで、事故直後、現地に測定に行きたいと事故後2週間で語り、放射線量を測る必要があり、チェルノブイリの放射線量があり、それと比較して事故の規模を把握できると言われて、事故から2週間、放射線の極端に高い飯舘村に入られて、今中先生、放射線のことを、空間線量と土の汚れを測定、当時23~24マイクロシーベルト/時間、濃度を見ると、村の南部で20マイクロ→年60ミリシーベルト、法律の60倍であり、今中先生、涙を流すしかなく、被曝の現状に愕然、慰留、避難は行政が判断するしかなく、苦しい位置にあり、今中先生は行政、住民の判断できる材料を出したいと言われて、4月12日、国は飯舘村を計画的避難区域として、1か月以内に避難せよとして、飯舘村の住民は、今夜集まってどうするか決めると言われるのです。

住民は、子どもの甲状腺が気になり、小さい子を持つ親は心配、飯舘村から離れるのか、チェルノブイリでは4,5年後から子供の甲状腺がん、白血病が増えて、村では地区単位の集会が開かれて、職場も仕事も奪われた皆さん、放射能から身を守るには、避難するしかなく、不安の声が上がり、高齢者は避難できない、核の問題は村では対応できないと言いつつ、様々な葛藤を抱えて、6000人の村民が全員避難、原発事故→メルトダウン、情報は開示されず、事故の1週間後、市民向けの勉強会が京大原子炉実験所であり、今中先生は小出先生とともに、娘さんが東京にいて、いかに放射能汚染に立ち向かい、汚染に耐えていくか、という時代に入ったと語り、聴講者から放射能に耐えられないとの声で、今中先生はチェルノブイリ原発事故を引き合いに出されて、86年のチェルノブイリ原発事故、有無を言わさず強制避難、事故から土地が放射能汚染を知り途方にくれた人もいて、今中先生、原発事故が日本で起きたら、というテーマが福島原発事故で現実化して、20~30km住めなくなるものであり、飯舘村に2011年10月に、事故から半年後に今中先生入られて、調査チームは放射能の測定、本来稲穂のあるべき田んぼが雑草に覆われて、7.4マイクロシーベルト、セシウム134の半減期は2年、137の半減期は30年、空間放射線量は事故直後の1/3、田んぼで1/2になり、今中先生は自分に何ができるか、避難している村民に接して、村民は自分たちも屠畜されると、情けないと語り、家畜を失い、避難先でなぜこんな思いをするのかと、泣きながらの村民もあり、故郷を奪われた村民の声に耳を傾けて、子や孫を戻すつもりはない、20ミリシーベルトで子育てはできないと語る人もあり、今中先生、村民の感じていることを受け取り、村民たちは事故と闘っている、村に帰る、戻るとは何か、考えると言われました。

飯舘村では移染が行われて、そのためには肥沃な土地が破壊されて、フレコンバックに詰められた核廃物は処理のめどが立たず、飯舘村は1955年に合併で誕生、農業の村、原発から30km、交付金とは無縁の村であり、故郷に戻りたい住民の思いとは反して避難生活は長引き、先の見えない生活が続いたのです。

2016年3月、東日本大震災から3月、福島原発は廃炉作業も予想以上に難航、費用は2兆→9兆、国民にツケ、デブリ取り出しのめどは放射線量が高すぎでめどが立たない。

この年、チェルノブイリ原発事故30年、今中先生は3年ぶりにチェルノブイリを訪れて、ソ連は崩壊、原発はウクライナにあり、原発事故処理の作業をご覧になり、煙突のそばに石棺、コンクリートで覆われて、しかし今でも周囲に強い放射線、第2石棺、最初の石棺がダメになり、新たな石棺で覆うことになり、チェルノブイリ原発から4km、プリピャチ村、全員避難の村、飯舘村と同じであり、この町に5万人住んで、チェルノブイリ原発の従業員とその家族、事故翌日にはソ連政府がバス数百台で、数時間にて避難させて、観覧車は5/1のメーデーに運転開始の予定が、その5日前に事故で1日も稼働せず、これらをご覧になり、今中先生、30年、長いのか短いのか、人間の時間は放射能の時間に負けると言われます。

ウクライナの法律では、年間5ミリシーベルト以上は住んではダメ、1ミリシーベルト以上は住んでもいいが移住の権利のある地域になり、年間20ミリシーベルトで解除した日本とはエライ違いで、チェルノブイリ原発から130km、キエフにはプリピャチから避難された皆さんの集まりがあり、バラの町、事故による強制避難は3日と言われても、戻れず30年であり、プリピャチの皆さんは、同じ原発事故を経験したものとして他人事ではなく、福島第2に行かれた方もあり、信じられない、前向きな気持ちで生きてほしいとも語られて、原発事故で住み慣れた土地を失ったプリピャチの方に、原発を無くしてエネルギーをどうするか、ウクライナでは今でも原発4基、電力の半分をまかなっているのです。

日本では、2016年春に、飯舘村への避難指示を2017/3/31に解除を決定、一部の帰還困難区域区域を除いても、20ミリシーベルトなら住んでも問題ないとして、しかし日本の法律では一般人は1ミリシーベルトしか許容されず、飯舘村の皆さんはこれをどう受け止めるのか、避難指示解除の前に、今中先生は飯舘村の皆さんに測定結果を伝えて、村の南部、線量の高いところの皆さんに、セシウム134と137、半減期は134が2ねん、137は30年、移染して放射性物質はなくなるものの、放射性物質は山から来るので、山から来るセシウムはガンマ線を出し、測定結果は5ミリシーベルトになると今中先生は報告して、1ミリシーベルトに減るのに50年近くかかると今中先生は語り、いつになったら食べられるかとの質問に、100年で1/10になり、200年で1/100、300年で1/1000、300年かかる!(泣)、1kg当たり100ベクレル、村で25000ベクレルで、基準値には300年かかり、村民は今中先生の説明に感謝されて、戻る戻らないの参考にした、しかし戻る人は皆無であり、今中先生、これから50年100年、自分たちの生きていない時代のことを考えないといけないと言われました。

2017年3月31日、飯舘村の避難指示解除、式典が村の交流センターで行われて、受付には東電のスタッフも動員されており、菅野村長は待ちに待ったもの、復興のスタートと語り、とてつもなくうれしい、6年間の支援への感謝が語られました。

避難指示解除後に村に戻った人たちをMBSテレビは探して、長谷川光男さん(70歳)、比較的放射線量の低い北部に家があり、神様を頼んでお祓いをしてもらい、戻ってきて、自宅は最高だと語り、しかし息子さんは帰ってこず、奥さんと二人の生活で、長谷川さんは親の代から農業と林業をされて、避難の6年間は福島県伊達市で息子夫婦と暮らして、それはつらい避難生活、自分の家でないのはつらかったと語り、他に帰って来たのは6軒、53軒のうちであり、帰られたのは高齢者、若い人は帰ってこず、70~80代の人たちが帰っており、家の周りは国による移染が行われても、重機で自分で移染して、しかしフレコンバックの山は残り、息子夫婦は帰らず、フレコンバック撤去のめどはなく、飯舘村は気候が良く、農作物、野菜、花にも理想的な場所が損なわれたことを長谷川さん怒られて、しかし町は一変してしまい、子供たちの声はなく、避難指示解除から1か月、戻ってきたのは111世帯の259人、村の人口6000人の5%なのです。

村役場の中堅職員は、飯舘村は2018年に学校再開、飯館中学校を再開して、幼稚園、小学校も再開したいが、戻ってきた人は少なく、しかし子供のいない村には将来はなく、しかし、役場で働く人の9割は村には戻せず、外から通い、他方村の予算は震災前の5倍、も復興予算、しかしこれは町の駅などのハコモノに注がれています。

今中先生はチェルノブイリ、福島原発事故に向き合ってきた経験から積極的に発信されて、原発で大事故が起きたら、突然家を追われて、町屋村が丸ごと消滅する、これが実態で、今中先生は核の専門家として汚染を調べているが、「被災者にもたらされた災難は専門家が測定することはできない」ことを実感されました。

5月、いつものように飯舘村に春が来て、核災害からの復興、マイナス→ゼロへ、避難指示解除はスター ト地点には立っても、50年先、100年先、静かに咲く花を、その時の村の人たちは見ているのかと番組は締めくくられました。以上、映像‘17の内容でした。

 

映像’17「全村避難6年〜福島・飯舘村と科学者の記録」 2017.05.29[字]

http://o.x0.com/m/501054
【Mediacrit】2017.05.29

(スタッフ)何枚あるんですか?田んぼは。
(長谷川さん)田んぼは…。
(スタッフ)何反?2町2〜3反はあるんだわな。
(スタッフ)2町3反。
おお〜。
2町2〜3反。
(長谷川さん)
あと畑はやっぱ2町8反ぐらいある。
(スタッフ)ああ〜。

(ナレーション)
シートで覆われているのは放射能に汚染された土
除染で削り取られた田んぼや畑の土です
廃棄処分されるまでという約束でここに置かれています
6年前の原発事故のあと国から出された避難指示を受け村の住民全員が避難しました
お墓参りのため避難中に一時帰宅した男性は諦めにも似た表情で話します

う〜ん…う〜ん。
それこそ…。
(長谷川さん)
(長谷川さん)ははっ。
(長谷川さん)いや

住民全員が避難し誰もいなくなったこの村で科学者たちが放射能の測定を続けています
リーダーは京都大学原子炉実験所の今中哲二さんです

(今中哲二さん)
・1.4と1.4。
1時23分。
・はいはい。

福島第一原発の周辺地域ではなく30キロ以上も離れた飯舘村が高濃度の放射能に汚染されたことに注目し事故の直後から継続的に村を訪れています

だから要するにこの状況というのはもう除染してもこれまで見てるように線量はだいたい半分にしか落ちないから。
それで半分落ちてそこからやっぱり半減期30年ということになるからまあ100年後に戻るか200年後に戻るかといろんなオプションを考えながら地元の人が判断するもんだと思う。
ほいでいつも言うように国や「東電」はその人たちの判断をちゃんと面倒見る責任があると。

あの原発事故から6年がたち国は飯舘村に出していた避難指示を解除することを決めました
一般人の年間被ばく線量の限度は1ミリシーベルト
しかし国は基準を大幅に緩め空間放射線量が年間20ミリシーベルトを下回ることを避難指示解除の要件としました
避難指示の解除を受けて人々は村に戻るのか戻らないのか

そのとき科学者はどんな役割を果たすべきなのか
全村避難から6年
放射能に奪われた村の記録です

2011年3月11日に起きた地震と津波により福島県にある「東京電力」福島第一原発はすべての電源を失いました
その結果原子炉の炉心が溶けるメルトダウン事故が起き大量の放射性物質が空気中に放出されました
この事故により日本の原発で過酷な事故は起きないという安全神話は崩れ去りました
震災から4日後の3月15日
原発の格納容器から大気中に漏れ出した放射性物質は風に乗り北西方向に向かいました
そして夜半から降りはじめた雨と雪と共に30キロ以上離れた飯舘村に降り注いだのです
放射性物質は目に見えず色もにおいもありません
小川はさらさらと流れ牛がのどかに草をはんでいる村の風景は事故前と変わりませんでした
しかし…
飯舘村に放射能が回ってきてると。
そういうなかで農業の村・飯舘村が農作物を植えたりしていいのかどうかと。
事故の直後まだ余震が続くなかで村役場は放射能というまったく未知なものへの対応を迫られました

大阪府の熊取町にある京都大学原子炉実験所です
実験所の教員・今中哲二さんは1986年にソ連で起きたチェルノブイリ原発事故などをテーマに原子力開発に伴う問題点を研究してきました
その原発事故が日本の福島で起きたことは今中さんにとって大きなショックでした

僕はできたら来週現地へ測定に行こうと思います。
(スタッフ)福島第一原発に?そうです。
できるだけ近づいてせんと。
いま現在その事故が始まってから2週間の段階で…。
周辺の避難されてる村の放射線量がどれくらいであるかというのをきちんと測っとく必要があると。
まあ実際に入れるかどうか知りませんけども。
そうしますと私自身頭の中に…チェルノブイリのときの放射線量が頭にありますからそれと比較することによって…。
その事故の規模を僕ははっきりと示すことができるんではないかと。

事故の2週間余り後今中さんが向かったのは放射線量の値が極端に高いと報道されていた飯舘村でした

・ここから飯舘だそうです。
・2.9!?おお〜。
この峠で…峠のこっち側で雲が来てるときに雨が降ってどうもそういう説で説明できますから。
だからこれがこっちへどの程度まで広がってるのかを押さえましょう午前中に。
・そうですね。

初めて村に入った調査チームは全域で空間放射線量や土壌の汚染を調べました
23…。
・23。
・おお〜!24。

これは村内で測定した空間放射線量を濃度で色分けしたデータです
村の南部では1時間当たり20マイクロシーベルト以上の放射線量がありました
この被ばくを1日8時間1年間続けたとするとおよそ60ミリシーベルト
これは日本の法律に定められた一般人の年間被ばく限度1ミリシーベルトの60倍になります

僕は涙流すしかないです。
ここの今の現状がどうでどれくらい被ばくするだろうということは僕は言えますある程度自分の責任で。
ほいで移住するとか避難するとかというのはそれぞれの人の判断ですから僕からは言えません。
たぶん町長さんはそういう意味では…行政は何らかの判断をしなければいけないという非常に苦しい立場だとは思います。
ですから私たち専門家ができることはそういう行政なり普通の人々が判断できるための情報をきちんと出していくということだと思ってます。
そのために私は今ここに来てるつもりです。

原発事故から1か月後の4月11日
国は空間放射線量の積算が高いとして飯舘村を「計画的避難区域」に指定
1か月以内に避難するよう住民に促しました

(スタッフ)ここはあれですか?避難する場所になってますかね?
(スタッフ)あっそうですか。
・飯舘村。
(スタッフ)それは皆さん全員避難する…。
(スタッフ)いつからですか?
(スタッフ)えっ?今決めてんだ。
子どものあれですかね。
(スタッフ)ああ〜。
甲状腺?甲状腺。
うん。
(スタッフ)今子どもさんにはどういう影響が出るというふうに聞いてらっしゃいますか?う〜ん…いや今すぐではないだろうけどいつかはそういうの出てきたら困るなっていうのもやはりありますしその心配があるから違う…飯舘村から離れようかなっていう考えでいますね。

チェルノブイリ原発事故では4年あるいは5年後から周辺地域で子どもの甲状腺がんや白血病が増えたと報告されています
村では夜ごと地区単位での集会が行われ避難への対応が協議されました
全村避難ということになりますと皆さん方はまさに職場も仕事も生活も暮らしもゼロにしていかなければならないと。
こんなことがあっていいはずはない。
放射能から身を守るには住み慣れた村を出ていくしかないと言われた住民たち
思ってもみなかった事態に不安の声が相次ぎました
ということになります。
さまざまな藤を抱えたまま飯舘村は全村避難つまり6000人の村民全員がふるさとの村を離れることを決めたのです
原発のメルトダウン事故とそれによる放射能の大量放出
過酷な事故が起きてしまったあとなのに情報はほとんど伝えられませんでした

事故の1週間後に京大原子炉実験所で開かれた市民向けの勉強会で今中さんはこう話しました
何とも言えないんですが私の子どもが…例えば東京にいるんですけど娘が。
とにかく逃げずに頑張れと。
頑張ってほしい。
ほんでだから言ってるのはもう…。
(一同)はははっ。
これをね…。
これをね…。
思って。
ほんで

1986年に起きたソ連のチェルノブイリ原発事故
原子炉が暴走して爆発炎上
地球規模で放射能汚染が広がりました
あの事故では有無を言わさず強制避難させられた人たちもいれば事故後何年もたってから自分の住む町が放射能に汚染されていることを知らされ途方に暮れた人たちもいました
そうした最悪の事態が日本で起きたらどうなるか
そんな今中さんの研究テーマが福島第一原発事故で現実のものとなってしまいました

同じですよそれは。
周りにね…やっぱりチェルノブイリの迫力って言ったら変だけども原発が事故を起こしたら周り20キロ30キロにわたって人が住めなくなるよといっぺんにね。
そういう事態が生じてますからこれは基本的におんなじことが起きてるんだと思いますよ。

原発事故の半年後全村避難が行われた飯舘村に人影はありません

はい行きましょか。

今中さんらの調査チームは再び村を訪れ放射能の測定を行いました
季節は秋
本来なら稲穂が色づいているはずの田んぼは雑草に覆われていました

10時36分PDR1.7。
GMが2.0。
でNAIが1.3。
7.4。
7.4。
うん。
なんぼ取る?

村を汚染しているおもな放射性物質…
こうした特性から空間放射線量は3月に測ったときと比べて雨などで洗い流されやすい道路上では3分の1から4分の1程度に田んぼの上では2分の1程度に減っていることが確認されました

測定を続ける一方で今中さんは自分に何ができるのかと避難中の村民たちが集まるシンポジウムに参加しました

我々酪農家のための生活の支えになって家族と同じ牛が屠畜されるわけだ。
ほんとにこんな話がこの世にあっていいのかと思った。
情けねがった。
でもどうしようもねがった。
飯舘で…乳牛約60頭これが屠畜に出されました。
土地を借りて実際の種の数量は1反分くらいの作付けしかできませんでした。
粘土質でとてもとても野菜…かぼちゃとか何かを作るような土地ではなかったので

ふるさとを奪われた人々が絞り出す言葉に聞き入ります

でもやっぱり我々は村には帰りたい。
自分の生まれたふるさとだから。
でも私は子ども孫は戻すつもりはありません。
ゼロには絶対なんないんですから。
そんな20から下がったから戻ってもいいよなんて言われたって子どもとか孫が育つ…子づくり子育てができる環境じゃないんです。
やっぱりさ…やっぱり地元の人のね…。
ずれてたことできないからさ。

彼らが何考えて何を感じてるのか何が問題なのか。
そことずれたことやったら我々やってることの意味がないから。

(スタッフ)先生の心にも今日は響いた?
うんいろいろねゆっくり考えるけど。
やっぱり彼らはまあ闘ってる。
事故と闘ってる。
だと思う。

でも…。
帰る戻るって…村に戻るってどういうことなんだってさ。
考えちゃうな。

その後飯舘村では大規模な除染放射性物質を取り除く作業が始まりました
しかしそのためには各農家が代々作り上げてきた肥沃な土の層をすべて削り取らなくてはなりませんでした
フレコンバッグに詰め込まれた田んぼや畑の土
それらはもう放射性廃棄物として管理される対象なのです
飯舘村は今から62年前の1955年飯曽村と大舘村が合併して誕生しました
以来農業の村肉牛の村として歩んできました
福島第一原発からおよそ30キロ離れた山間部にあり原発の立地と引き換えにもらえる巨額の交付金などとは無縁の村でした
ふるさとの村に戻りたいという住民の思い
しかしその思いとは反対に避難生活は長引き先の見えない時間が過ぎていきました

黙とう。
2016年3月

東日本大震災から5年がたちました
事故を起こした福島第一原発は廃炉に向けた作業を進めています
しかし予想以上に難航し当初2兆円としていた費用は9兆円に跳ね上がりその費用負担は国民にのしかかっています
メルトダウンして溶け出た核燃料を取り出す作業は放射線量が高すぎるためめどが立っていません

チェルノブイリ原発事故から30年にあたるこの年2016年今中さんは3年ぶりにチェルノブイリを訪れました
事故のあとソ連は崩壊し原発はウクライナの領土内にあります
今中さんは若手の研究者たちを伴い原子力災害の後始末がどのように行われているかを研究するプロジェクトの一環としてやってきました

煙突の左側が石棺。
いわゆる石棺。
かまぼこが今もうだいぶ出来てる。
3年前は途中までしか出来てなかったけども。
あの工法が面白いんで…。

事故を起こした4号機は爆発によりあらわになった放射性物質を封じ込めるためコンクリートで覆われたことから石棺と呼ばれました
しかし今でも周囲に強い放射線を出しています
4号機の横で造られていたのは第二石棺と呼ばれる巨大なシェルターです
石棺の劣化が激しく放射線の更なる封じ込めが必要なためこのシェルターで建物全体を覆うことになりました
チェルノブイリ原発から4キロ
福島県の飯舘村のように事故で住民全員が避難し無人となっている町プリピャチがあります

プリピャチ入ってきてここは広場ね。
ほいでここが何だっけ?あそこはホテル。
その右は市役所。
でここは…。
(外国語)
(外国語)文化センター。
・文化センターと公民館かな。
あっちレストランか。

かつてこの町に住んでいた住民の数はおよそ5万人
大半がチェルノブイリ原発の従業員とその家族でした
事故の翌日にはソ連政府が住民を避難させることを決めバス1000数百台をチャーターしておよそ3時間で全住民の避難を終えたといいます
この観覧車は5月1日のメーデーに運転を始めるはずでした
しかしその5日前に原発事故が起こり結局一度も人を乗せることはありませんでした

(スタッフ)30年目のチェルノブイリまあ実際来てご覧になって…。

いちばん驚いたのは木が大きくなってる。
ほいで何て言うのかなゴーストタウン化がだいぶ進んだね。
(スタッフ)ああ〜。

それがいちばん今回の印象に残ってるけど。
(スタッフ)時の経過っていう意味ではどうですか?うん30年ねぇ。
長いのか短いのか。

(スタッフ)先生も30年研究してこられたっていうことですもんね。
だからチェルノブイリ起きたとき私35なんだもん。
はははっ。
すごい時間だよね。
今65だ。

(スタッフ)やっぱり人間の時間と放射能の時間と…。
それは負けるわ。
時間勝負したら負けるわ。

ウクライナの法律では年間の被ばく量が5ミリシーベルト以上になる地域を住んではいけない地域に1ミリシーベルト以上になる地域を住んでもよいが移住する権利が認められる地域としています
年間20ミリシーベルトを基準として避難指示を解除する日本とは大きく異なっています
チェルノブイリ原発からおよそ130キロに位置するウクライナの首都・キエフにはプリピャチから避難した住民たちで作る互助組織があります
原発事故前のプリピャチの映像です
あちこちにバラの花が植えられバラの町とも呼ばれていました
事故による強制的な避難は3日間だけと聞かされていました
しかし住民は二度と町に戻ることはなく30年がたったのです
原発事故で住み慣れたふるさとを奪われたプリピャチの住民たち
今原発についてどう思っているか聞くとこんな答えが返ってきました

ウクライナでは今も国内の4か所に原発があり国の発電量の半分を賄っているのです
2016年の6月…
まだ空間放射線量が高い一部の帰還困難区域を除き基準とした年間の線量20ミリシーベルトを下回った地域は人が住んでも問題はないとしたのです
しかし日本の法律で定められている一般人の追加被ばく線量の限度は年間で1ミリシーベルト
飯舘村の人々はこれをどう受け止めるのでしょう

はいはいどうも。
よっこいしょ。
あれれれ?お迎えで。
ははっ。

避難指示の解除を前に京大原子炉実験所の今中さんは村の人たちに放射線量の測定結果を説明し疑問に答えるため福島を訪れました

はいこんにちは。
あっどうもこんにちは。

この日集まったのは放射線量が高い村の南部にある蕨平という地区の住民たちです

いま現在ここもそうですけども飯舘村で残ってる放射線は基本的にセシウムです。
セシウムが2種類あって134というやつと137。
おんなじセシウムという物質なんですけども半減期がこれ違います。
134というのは半減期が2年。
ほいで137は半減期が30年です。
もちろん除染をすれば…あの田んぼをしますよね。
そこの放射性物質はなくなります。
ですからそこで作物を作ったりする分にはもうほとんど放射性物質はなくなりますけども放射線は山からひゅ〜ひゅ〜っと飛んできますからですから家の周りと田んぼをきれいにしたって山にあるセシウムというのが放射線を…ガンマ線というのを出しますよね。
それが空気中す〜っと抜けてきますから…。

測定結果によれば蕨平地区で1年間暮らすと被ばく量はおよそ5ミリシーベルトになると今中さんは説明します
放射線量が自然に下がって被ばくする量が年間1ミリシーベルトになるのにはまだ50年近くかかるとも話しました

それでイノハナ高いですね。
・あと500年。
(一同)はははっ。

まああの〜えっとぶっちゃけたところでいくとあのねねっ?で100年で10分の1
(一同)ははははっ。

いや申し訳ないですけど…。
そういうレベルだほんとに。

食品に含まれる放射能の基準値は1キログラム当たり100ベクレル以内とされています
この女性が言うように村で採った野生のキノコが2万5000ベクレルだったとすると基準値以下になるまでにはほぼ300年かかる計算になります

(スタッフ)今中さんの話聞かれて皆さんどんな思いを持たれた…。
正直言って放射線っていうのはあまり身近でなかったもんだから今もって無知な人もたぶんいると思うんでそういう意味では丁寧に詳しく教えてもらってほんとに勉強になったなっていう感じがします。

(スタッフ)避難指示解除されますが戻る戻らないの参考にはなったんでしょうか?それは参考には…。
まあ参考にさせていただきたいと思います。
蕨平の人なり飯舘村の人がこれからどうするかというのはやっぱり50年100年先をにらみながらすなわち我々がねもう生きてないときのことも考えながらどう対応するのかという話なんだろうと思います。

全村避難から6年
3月31日いよいよ避難指示が解除されるときが来ました
村に人は戻ってくるのでしょうか

3月31日この日午前0時をもって飯舘村に出されていた避難指示が解除されました
記念の式典が村の交流センターで行われます

おはようございます。

受付の周辺には「東京電力」のスタッフも動員されています

待ちに待った解除ということでありましてこれはあくまでもゴールではありません。
これから復興のスタートに立ったということであります。
ただ立ったというだけでもとてつもなくうれしいかぎりでありますしそのことはこれまたとてつもなくこの6年間の間多くの人たちに応援をいただいた…支援をしていただいたおかげだなとそのように思ってるとこであります。

私たちは避難指示が解除されたあと村に戻ってきた人を探しました
解除の翌日いち早く村に戻ってきた長谷川光男さんです
自宅は村の中では放射線量が比較的低い北部の前田という地区にあります

(スタッフ)いつこちらには戻ってこられたんですか?う〜んと
(スタッフ)昨日?うん。
1日に戻ってきてそしてまあそれこそ
(スタッフ)ああ〜。
(スタッフ)あっそうですか。
どうですか?実際戻ってきてこられて。
いやうん何言ってもやっぱり…。
まあ

長谷川さんは親の代から飯舘村で農業と林業に携わってきました
避難していた6年間は飯舘村の北に位置する福島県伊達市内で家を借り息子夫婦と暮らしていました

(スタッフ)どうでしょう。
前田地区で避難指示解除になって帰ってこられたお宅っていうのは何軒ぐらい?いや
(スタッフ)ああ〜。
全部で何軒あるうちの…。
53戸あるうち6軒でねぇかないま現在来てる人が。
(スタッフ)帰ってこられた方はどんな方々ですか?いややっぱりははっ。
(スタッフ)若い人は?じいちゃんばあちゃん…やっぱ

家の周りは国による除染が行われましたが少しでも放射線量を下げようと自分で重機を使って更に土を削りました
しかし一緒に住んでいた若い息子夫婦は村に戻らず避難先に残りました

(スタッフ)おうちの前にはね…。
(長谷川さん)ほんでそれこそまあ…

ようやく戻ったふるさとは以前の村と同じではありませんでした
この地に生まれ子を持ちやがて孫ができる
そんな人生そのものががらりと変わってしまいました

避難指示解除からひと月がたちました
村の調べによると村に戻ってきたのは…
村の人口およそ6000人の5%以下です

村役場の中堅職員はふるさとの将来を案じてこう話します
飯舘村は平成30年の4月に村内で学校を再開させるというふうにしています。
そのために今もともと飯舘中学校という所があったんですがそこの校舎を改修しましてもう幼稚園小学校中学校まああと保育園までですねすべてその1か所でやろうというふうにしております。
もともとの子どもたちの数から今戻って飯舘村の学校に通いたいという人の数は決して多くはないんですがそれでもやっぱり子どもがいない村ということですともう将来がありませんので。

しかしこう話す職員も含め役場で働く人の9割がまだ村には戻らずに村外から通っています
一方村の予算規模は震災前の5倍に膨れ上がりました
国は交付金などを投入して復興の後押しを進めているのですが今村で目立つのは県道沿いで建設が進む巨大な道の駅などいわゆるハコモノなのです

(拍手)

(※ちたりた注 2017年4月28日練馬文化センター「放射能汚染の時代をどう生きるか、子どもたちをどう守るか」)

今中さんは科学者としてチェルノブイリと福島2つの原子力災害と向き合ってきた経験から積極的に発言を続けています

私自身が学んだ教訓というのは結局原発で大事故が起きると周辺の人々が突然家を追われ町や村が丸ごと消滅するということでした。
これ先ほど村がなくなったという写真もありましたけどもまさにこれは実感してきました。
と同時に私は原子力の専門家として汚染や被ばくのことを調べてますけどもそういったというのは実に実感してます。

5月いつものように飯舘村にも春がやってきました
原子力災害からの復興はマイナスからゼロへ向かっての復興といわれます
避難指示が解除された今飯舘村はそのスタート地点には立ちました
50年先100年先の未来静かに咲きそろうこの花を村の人々は見ているのでしょうか

2017/05/29(月) 00:50〜01:50

MBS毎日放送
映像’17「全村避難6年〜福島・飯舘村と科学者の記録」[字]

原発事故から丸6年。飯館村で事故後から放射線量を測定し続けてきた科学者と、3月に避難指示が解除された村民の現状。村民と科学者、それぞれの目線から考える。

詳細情報
番組内容
福島県の北部にある飯舘村は人口約6千人、農業と肉牛で村おこしに励み、総面積の75%を山林が占める四季折々の風景が美しい村だった。が、2011年3月、原発事故で放出された大量の放射性物質が村に降下し、山林や田畑、住宅を汚染した。事故発生当初、村民には放射能汚染についての情報がほとんど知らされず、1か月以上経ってから、国は村を「計画的避難区域」に指定。全村避難させられ故郷を奪われることになった。
番組内容2
福島原発から30キロも離れた村は「原発からは何の恩恵も受けていないのに、放射能だけが落とされた」と、家の前の除染土が詰まったフレコンバッグの山を見つめる。
京大原子炉実験所の今中哲二さんは、この飯館村に事故発生当初から入り、放射能汚染の測定を続けてきた科学者だ。情報を正しく伝えることで、地元の人が先を見据え、放射能汚染といかに立ち向かうか考える材料になればと考える。
番組内容3
今年3月31日、原発事故の放射能汚染で全村避難となっていた福島県飯舘村で、避難指示が解除された。だが実際、避難指示の解除で村に戻ったのは、事故前の全人口の4%足らずで、ほとんどが高齢者だ。山林の除染は手つかずで、村内には高線量の“ホットスポット”が点在する。
原発事故で放射能に汚染された飯舘村が失ったものは一体何なのか。村民と科学者、それぞれの目線から考える。

出演者
【ナレーター】
石田敦子

公式HP
【番組HP】
http://www.mbs.jp/eizou/
【番組フェイスブック】
https://www.facebook.com/MBS.eizou

おことわり
番組の内容と放送時間は、変更になる場合があります。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
福祉 – 文字(字幕)

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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カテゴリー: 放射能汚染, 永岡さん, 今中哲二 | タグ:

5/26歴史の教訓どこへ/五輪の政治利用 国威発揚の空気/東京ーベルリン 際立つ類似点【東京新聞・特報】

原発も五輪も共謀罪も上牧産廃炉も同じくらい吐き気がする。
霞が関の官僚たちもそう思っているはずだと信じたい。

昨日大阪医大に行ってみたら、7号館一階に都市クリエイトの名前が3つもあって気分が悪くなった。どれも寄付金がらみの表札ばかり。 5/7の環境セミナー動画がやっとUPした。そのうちメモを文字おこししようかと思ったけれどやめておく。そんな暇がない。あれを見れば産廃炉からダイオキシンが出ないはずはないのとわかるはずだ。

レニ・リーフェンシュタールは美人だけれど好きじゃない。 ヒトラーのお先棒を担いだくせに開き直ってる姿勢が嫌い。

============

歴史の教訓どこへ

 五輪の政治利用

  国威発揚の空気

   東京ーベルリン 際立つ類似点

 景気浮揚 治安を強化 再軍備

  改憲・共謀罪 根拠に 復興演出 追われる野宿者

   ヒトラー 世界にプロパガンタ

【東京新聞・こちら特報部】2017年5月26日

「二〇二〇年東京五輪」は魔術なのか-。日本人の五輪好きを意識してか、安倍政権は東京五輪を日本の「生まれ変わり」の機会とし、改憲をはじめ、共謀罪法案、福島原発事故の決着などと結びつけている。五輪憲章は大会の政治利用を禁じている。これはナチス政権がベルリン五輪(一九三六年)を「国威発揚」に利用したことで、一段と強調された。だが、現政権はそんな歴史的教訓など、どこ吹く風という構えだ。 (白名正和、三沢典丈)

ヒトラーの開会宣言とともに、ハトが上空を舞い、聖火が点灯される。三六年八月一日、ベルリン。リーフェンシュタール監督のドキュメント映画「オリンピア」の開会式シーンだ。

東京大の石田勇治教授(ドイツ近現代史)は「聖火リレーが初めて採用され、開会式で大規模にハトを飛ばす演出も、後の五輪の基本形となった」と語る。ドイツは第一次世界大戦で敗戦国となり、ベルサイユ条約で領土割譲や軍備制限、巨額の賠償を負った。五輪への参加も二O年のアントワープ(ベルギー)と二四年のパリの二大会では拒否された。この低迷期、ドイツでは少数政党が乱立し、政治は混沌-こんとん-。世界恐慌は国民不満に拍車をかけた。そうした状況下「誇りあるドイツを取り戻す」ことを掲げたナチスが急伸。指導者のヒトラーは三三年、政権の座に就いた。

当初、ヒトラーは五輪開催に乗り気でなかったという。諸民族の融合を訴える五輪の理念が、ドイツ民族を優性人種とするナチスのイデオロギーと矛盾したためだ。だが、側近から「ドイツ再生を世界にアピールできる機会」と説得され、開催を決定。巨大スタジアムや豪華な選手村の公共工事で、景気も浮揚した。

一方、国内では職業官吏再建法により、ユダヤ人の公務員からの排除が始まっていた。国際オリンピック委員会(IOC)は懸念を伝えたが、ナチス政権は五輪でユダヤ人選手を原則、排除しないと明言。それ以上は干渉できなかった。

同政権は三五年三月、ベルサイユ条約を無視して再軍備と徴兵制を始め、同九月にユダヤ人の公民権を剥奪。翌年三月には、フランス国境のラインラントに軍を進駐させた。「ヒトラーは平和愛好家を自称していたが、その平和は『ドイツが列強と平等に軍備を整えて達成される』と考えていた。偉大なドイツを取り戻すことを掲げ、国民もその対外政策を歓迎した」

五輪が始まってみると、国内でユダヤ人迫害をうかがわせるものは何もなく、ホームレスも一人もいなかった。しかし、それも「演出」の産物だった。

「五輪の期間中だげ、国内でユダヤ人排斥の看板が取り外された。移動民族のロマ人は、治安強化を名目に郊外の収容所に移され、やがてアウシュビッツ(強制収容所)に送られた」(石田教授)

五輪初の聖火リレーの出発点がギリシャだったことも、ドイツ民族こそが古代ギリシャ文明を最も純粋に現代に受け継いでいると印象づけるためだった。

競技の模様は三十七カ国にラジオなどで実況中継され、口頭の映画も宣伝に大きな役割を果たした。石田教授は「当時、ヒトラーは人気絶頂期。五輪はユダヤ人迫害などはうそだと、世界に向けて宣伝する絶好の機会となった」と話す。

こうしたベルリン五輪での苦い経験から、IOCは五輪の政治利用を禁じ、あくまで都市とアスリートの祭典と位置付けてきた。

だが、その原則に触れかねない事態が起きた。昨年八月、リオ五輪の閉会式で安倍首相が人気キャラクター「マリオ」にふんして登場した一幕だ。スポーツライターの玉木正之氏は「五輪式典でのパフォーマンスに国家の首脳自らが登場するなど、知る限り過去にはなかったこと。五輪憲章で政治利用を禁じているためだ」と厳しく批判する。

だが、こうした批判を無視するかのように、安倍首相は五輪と反発の強い諸政策を結びつけ、強引に押し通そうとしている。

代表格が改憲だ。首相は三日、「夏季のオリンピック、パラリンピックが開催されるこOニO年を日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけ」とし、「新しい憲法が施行される年にしたい」と宣言、自民党内の改憲案作りを加速している。九条改憲と五輪にはもちろん、何ら相関関係はない。

共謀罪法案も五輪と結び付けた。与党は国連の国際組織犯罪防止条約の締結に同法が不可欠とするが、首相は今年一月、衆院本会議でテロ対の観点から「(同条約を)締結できなければ、東京五輪・パラリンピックを開催できないと言っても過言ではない」と発言している。だが、同条約はテロ対策とは無縁だ。

自らの責任も問われている福島原発事故も、五輪を機に「過去」のものにしたいようだ。そもそも五輪招致段階のIOC総会で「汚染水は完全にコントロールされている」と事実に反するアピールをし、現在も続く被災者たちの苦悩も「復興五輪」の名目によって、打ち消そうとしている。

さらには天皇の代替わりも、五輸と同時に演出されようとしている。現在のところ、一八年十二月に皇位継承する案が有力視されている。その後、多くの重要儀式が続き、それらの終わるのが一九年末。五輪は新天皇の登場と交錯する。

こうした国民的議論のある複数の大きな問題を、自らの路線で決着させていく推進力として、五輪は利用されようとしている。メディアの一部もそれに乗っている。昨年八月、NHKの解説委員が番組で、五輪開催のメリットに「国威発揚」を掲げたのが好例だ。

「反東京オリンピック宣言」の共著者の文芸評論家の石川義正氏は「一九六四年の東京五輪は、いまも高度経済成長神話の象徴だ。政府はその印象を利用して五輪をアピールし、社会の側も錯覚する空気が広がっている。それに対し、大手メディアは五輸のスポンサーシップ契約があり、批判しづらい」と指摘する。

五輪の主会場などとなる新国立競技場予定地の明治公園は昨年閉鎖され、野宿者らが排除された。だが、それへの抗議の声も大きく広がることはなかった。

石田教授はベルリン五輪当時のドイツと、東京五輪を控えた日本の現状に、相似点があると話す。「取り戻す」という国威発揚の気分のみならず、公園から排除された野宿者とロマの人びと、ナチスのカによる平和主義と安倍政権が掲げる積極的平和主義などだ。

「ヒトラーは少数者を敵として排除することで『安心・安全な秩序』をつくった。当時のドイツ人の大多数は治安管理の強化も『私には関係ない』と考えた。いまの日本とそっくりだ」

石田教授はベルリン五輪の「罪」をこう語った。

「ヒトラーはその後、第一次大戦で失った領土の回復と新たな領土の獲得に乗り出していった。彼は戦争をしつつ、それを『平和』という言葉で正当化し続けた。そうした彼の強引さを支えた一因が、ベルリン五輪によって世界的評価を得たという自信だった」

 

(((デスクメモ)))
記事にもある記録映画「オリンピア」。荘厳な映像に圧倒されたが、監督のリーフェンシュタールは戦後「ナチスの協力者」と非難され続けた。自伝で、彼女は芸術を追い求めただけと反論している。が、ヒトラーの権力にすがったのは事実。最近、似た人びとをこの国でも見かける。(牧) 2017・5・26

ベルリン五輪の開会式で、開会を宣言するナチス・ドイツのヒトラー=1936年

マリオにふんし五輪閉会式に登場した安倍首相=昨年8月、リオデジャネイロで(ロイター・共同)

東京五輪のための工事で、明治公園を閉鎖しようとする都職員らに対し、抗議する野宿者と支援者たち=昨年10月、東京都新宿区で

カテゴリー: 中日東京新聞・特報 | タグ:

【動画】2017/05/07 みんなで学ぼう環境セミナー「産廃焼却炉の化学物質」〜子どもたちの未来のために〜@高槻現代劇場

みんなで学ぼう環境セミナー
「産廃焼却炉の化学物質」〜子どもたちの未来のために〜

日時:2017年5月7日(日)14:00~16:00(13:30開場)

場所:高槻現代劇場 3階 レセプションルーム (高槻市野見町2-33)
定員:先着400名 参加費無料

講師:中地重晴(なかち しげはる)氏
熊本学園大学 社会福祉学部 福祉環境学部 教授
環境省「化学物質と環境に関する対策対話」委員 藤原寿和(ふじわら としかず)氏
止めよう!ダイオキシン汚染・東日本ネットワーク事務局長
ダイオキシン・環境ホルモン対策 国民会議 常任幹事
主催:五領地区保護者有志の会

後援:産廃焼却炉対策協議会

カテゴリー: 上牧産業廃棄物焼却場問題 | タグ: ,

5/28(日)24時50分から 『全村避難6年~福島・飯舘村と科学者の記録』【MBS・映像‘17】

京大の今中哲二さんの番組で、ディレクターは毎日放送の津村健夫さんです。

関西圏の方々は、日曜深夜に録画をセットしてて下さい。
それ以外の方にはWeb上に動画がすぐに上がってくると思われますので、しばらくお待ち下さい。
(なお、音声だけの文字情報なら、過去40時間のテレビ番組の「Mediacrit」という手もあります)

また、今中さんが”飯舘村初期被爆評価プロジェクト”を進めることができた背景を知るために、下記を再読して頂きたい。

『本当に役に立つ「汚染地図」』
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0719-b/
沢野伸浩  (集英社新書)

地理情報から“危険”が見える。
「自分の家がどれくらい汚染されたか、皆、知りたいはずだ」

==========

【放送予告『映像‘17』の最新作】

 『映像‘17全村避難6年~福島・飯舘村と科学者の記録』

【facebook・MBSドキュメンタリー『映像』】 5月22日 23:25
https://www.facebook.com/MBS.eizou

□放送日時:5月28日(日)24時50分-25時50分
□番組内容

番組は、のどかな田園風景から始まります。

しかしカメラが徐々に遠景を映し出すと、田んぼの上には緑 色のシートに覆われた土の塊があらわれます。放射性物質に汚染された土です。あの事故が起きるまでは、田んぼや畑で豊かな作物を育てていた、農家の宝物ともいえる土壌でした。  ここは、福島県飯舘村。原発事故で全村避難を余儀なくされた村です。

場面は6年前にさかのぼります。

2011年3月11日の東日本大震災と大津波。電源を失って核燃料を冷却できなくなった福島第一原発から漏れた放射性物質は直近の町を汚染しただけではなく、風に乗って遠く30キロ以上離れた飯舘村に降り注ぎました。原子力と無縁だった村は「安全のためには全村民が村を離れるしかない」という危機に直面しました。こうして6千人の村民は住みなれたふるさとを離れ、県内外へと避難して行きました。

この間、科学者としてこの村の放射性物質の測定を続けたグループがありました。京都大学原子炉実験所の今中哲二教員たちです。事故の2週間後に飯舘村で調査を始め,その後も定期的に測定を続けました。今中さんは声高に警鐘を鳴らすのではなく、データを住民に示した上で「将来、村に戻るかどうかは住民ひとりひとりが判断すること」という姿勢をとり続けます。

そして政府は2017年3月末をもって、飯舘村に出していた「避難指示」を解除することを決めました。ある集会で女性が今中さんに質問します。

「村で取れた野生のキノコの汚染値は2万5千ベクレルといわれた。自然のキノコが食べられるまでには、あと何年かかりますか?」。

今中さんはセシウム137という物質の性質を丁寧に説明して「(キノコが食べられる値である)1,000分の1になるまでには計算上300年かかります」と答えると、会場からは思わず笑いが漏れたのです。あまりにも現実から遠い時間に、住民たちはもう笑うしかなかった、そんな心境が見て取れた場面でした。

そして迎えた3月31日。飯舘村には「おかえりなさい」という看板がたち、村長が「待ちに待った6年」をアピール。はたして住民は戻ってくるのでしょうか…。

番組は、全村避難を余儀なくされた飯舘村6年の記録です。ふるさとを奪われた住民たちと村に通い続けた科学者たちの苦悩を通して「原子力災害」とはなにか、わたしたちはどう向き合えばいいのかを考えます。
(報道局番組センター)

カテゴリー: 放射能汚染, 今中哲二 | タグ:

5/23の共謀罪の各地で抗議/京都・神戸元町・ヨドバシ梅田・岡山駅・沖縄県庁・博多駅・石川・神奈川・国会前【京都新聞・毎日新聞・中日新聞・朝日新聞】/【5/24東京新聞】「共謀罪」プライバシー置き去り 国連特別報告者「深刻な欠陥ある法案」/政治:「共謀罪」書簡の国連特別報告者 日本政府の抗議に反論/国際 【IWJ】(全文掲載)「日本政府の『抗議』は怒りの言葉が並んでいるだけで中身はなかった」〜共謀罪に懸念示した国連特別報告者が怒りの反論!海渡弁護士は菅長官を「驚くべき無知の産物」と糾弾! 2017.5.24

昨日5/23の上牧駅前は「共謀罪反対の集会に行ってきた」という方々や「原発ゼロ上牧行動」のチラシを受け取る方々や都市クリエイトの産廃焼却炉建設反対の方々で賑わっていた。
上牧は原発問題も産廃問題も共謀罪も全部いっしょくたで、あたかもこのブログのようにしっちゃかめっちゃか。

=============

共謀罪「世論無視、数の力で押す暴挙」 京都で抗議活動

【京都新聞】 2017年05月23日 22時40分】
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20170523000137

「共謀罪」法案の衆院通過に抗議し通行人に呼びかける市民団体ら(23日午後5時53分、京都市右京区・西大路四条交差点)

「審議が尽くされていない」「1億総監視社会になる」-。犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が衆院を通過した23日、京都や滋賀の市民からは法案に不安を訴える声が相次いだ。政府は一般市民は対象にならないとするが、捜査機関の権力乱用が懸念され、多くの市民団体が街頭で廃案を呼びかけた。

京都市右京区の阪急西院駅前では、改正案の衆院通過に抗議する街宣活動があり、日本国民救援会府本部などの約20人が「数の力で押し通す暴挙で、世論を無視している」と憤った。

参加者は、本会議での採決の様子を帰宅途中の人々にマイクで報告。「与党は説明を尽くしておらず、『一般国民は捜査対象にならない』という答弁も到底信用できない」と力を込め、チラシを配布した。

街宣に参加した長岡京市の小笠原順子さん(60)は「議論は全く深まっていない。子や孫の世代に恥ずかしくないよう、今廃案にせねばならない」と訴えた。この日は、四条河原町や京都タワー前などでも市民グループによる抗議活動があった。

 

共謀罪 各地で抗議行動 衆院通過受け

【毎日新聞】2017年5月23日 23時37分(最終更新 5月24日 00時14分)
https://mainichi.jp/articles/20170524/k00/00m/040/144000c

「共謀罪」法案に反対し、抗議する人たち=国会前で2017年5月23日午後7時32分、小出洋平撮影

組織犯罪を計画段階で処罰可能にする「共謀罪」の趣旨を「テロ等準備罪」として盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案。23日の衆院本会議で可決されたことを受け、反対する人たちが各地で抗議行動を展開した。

【写真特集】各地で抗議集会 .

神戸市中央区のJR元町駅近くの繁華街では同日夕、市民団体や労組のメンバーら約50人が「共謀罪NO!」などと書かれた横断幕やプラカードを掲げた。大阪市北区のヨドバシ梅田前でも、市民団体の関係者約60人が道行く人たちに「強行採決反対」「法案を廃案に」と訴えた。

京都市の繁華街では同日夜、黒い服を着た市民ら10人が「自由を縛る」という意味を込めた鎖を持って集まった。呼び掛け人で京都市山科区の松本修さん(65)は「戦後最悪の法律。審議が尽くされていないのに、数の論理で通してはいけない」と話した。

JR岡山駅前(岡山市北区)では市民グループが「話し合うだけで罪になる 共謀罪反対」と記された幕を掲げた。【望月靖祥、池田一生、国本ようこ】

九州、沖縄の各地でデモ

組織犯罪処罰法改正案が衆院で可決された23日、各地で法案の廃案を求める集会が開かれ、那覇市の沖縄県庁前であった集会には約300人(実行委員会発表)が参加した。

沖縄平和運動センターの大城悟事務局長は「法案には米軍基地に抵抗する県民の行動を威圧させる狙いがある。テロ防止という名を借りた弾圧に反対し、廃案まで追い込もう」と呼び掛けた。集会後、参加者は「共謀罪法案は廃案」などとシュプレヒコールを上げながら国際通りをデモ行進した。

福岡市でもJR博多駅前で、福岡県労働組合総連合と福岡県民運動実行委員会が共同で街頭宣伝行動を実施。参加者は「取り締まる基準は警察や検察などの捜査機関の裁量に任せられ冤罪(えんざい)を引き起こしかねない」「国民世論で参議院で必ず廃案にしましょう」と訴え、「監視・密告社会なんて、イヤだ!」などと書かれたビラの配布や、署名活動もした。この日は長崎市や熊本市でも抗議集会があった。【佐藤敬一、遠山和宏】

「共謀罪」歯がゆい論戦 答弁音読 広がる抗議

http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2017052402100010.html
2017年5月24日【中日新聞・北陸発】

閣僚や野党議員らの役に分かれ、国会審議を再現する人たち=東京都多摩市で(インターネット上の動画より)
写真

「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案を疑問視する動きは広がりをみせている。法案は衆院を通過したが、一連の国会審議について「拙速だ」との声もあがる。石川県内でも二十三日、市民団体などが街頭に立ち、廃案を求めて抗議の姿勢を示した。

「共謀罪」法案を巡る国会でのかみ合わないやりとりを体感しようと、石川県内の主婦らが始めた質疑を音読する集いが全国に広がっている。「時間を稼いでいるだけ」「本質から逃げている」。東京、新潟、札幌…。参加者からは「言論の府」で実際に話された閣僚の答弁に笑い、あきれ、腹を立てている。

「まさに、今回は、組織的犯罪集団ですね、ということに、を、明確にさせていただき、明確にする中においてですね、この犯罪の、対象を絞ったと…」

明確とは程遠い弁舌でまくしたてるのは、安倍晋三首相役の男性。聞いている人から笑い声が上がった。二十日夜、東京都多摩市。公民館の一室で、金沢市の主婦小原美由紀さん(52)による国会審議の書き起こしを有志が音読した。スーツ姿で安倍首相や金田勝年法相、野党議員らを演じた。

呼び掛けた東京都日野市の会社員岩下結(ゆう)さん(37)は「ぶっつけにしては面白くできた」。実際に読んで聞いてみると「いかにはぐらかされているか。一般人には適用されない、という答弁も、本当はそう思っていないだろうと実感した」。集いの趣旨を知らずに、このやりとりを聞いた人が「コントなの? 脚本は誰?」と尋ねてきたという。

JR新潟駅前でも同日昼、街頭で有志グループが音読。パート桜井美穂さん(37)=新潟県三条市=は「楽しかった。でも国会でこんな議論とは、がっかり」。次回の開催も既に決定。音読は札幌市でも二十一日に実施され、二十五日には埼玉県内で予定されている。小原さんは「体感することで、自分の問題になる。ぜひ気軽にトライしてもらえたら」と期待する。

書き起こしや音読の様子は、ウェブサイト(https://believe-j.jimdo.com/)で見られる。 (日下部弘太)

 

無関心、打破したい 声上げ続ける 「共謀罪」衆院通過

http://digital.asahi.com/articles/ASK5R65TGK5RUTIL04K.html?rm=756
2017年5月24日04時03分【朝日新聞デジタル】小林孝也、小早川遥平

【動画】国会周辺では「共謀罪は今すぐ廃案」と抗議の声があがった=竹花徹朗撮影

写真・図版
「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法改正案の衆院通過を受け、国会議事堂に向かって反対の声を上げる人たち=23日午後8時26分、東京・永田町、竹花徹朗撮影

「共謀罪」法案が衆院を通った23日の夜も、若者たちは国会前で声をあげた。尽くされぬ議論に憤った人たちは、参院での審議に期待をかける。一方、「テロ対策」とする政府に異論を唱えづらい雰囲気も広がる。

「審議時間が圧倒的に少ない。法務大臣は質問に答えられない。法案には不安しか感じない」。都内の大学3年生、馬場ゆきのさん(20)は23日夜、国会前で抗議集会に参加した。学生団体「SEALDs(シールズ)」の元メンバーらが関わって設立された市民団体「未来のための公共」の主催だ。

馬場さんは一昨年、安保法に反対するシールズをテレビで見て、自らの言葉で政治を語る姿に感銘を受けた。今は「主張する場を守りたい」との思いから、国会前で「共謀罪」に反対の声を上げる。「どう問題点を伝えればいいのか。諦めずに声を上げ続け、法案を止めたい」

大学院生の千葉泰真さん(25)は、衆院で法案が可決される様子をインターネット中継で見つめた。「審議が進むごとに問題点が出てくるのは安保のときとそっくり」。元シールズの学生らがつくったシンクタンク「ReDEMOS(リデモス)」のメンバーで、4月、団体のフェイスブックに「このままでいいの? 共謀罪」という約4分の動画をアップした。LINE(ライン)で「既読」をつけただけで、捜査対象にされるおそれなどを指摘し問題点を解説。これまで6万回以上再生された。

千葉さんは2年前、国会前での安保法反対デモに参加した。イヤホンをした何人もの公安関係者らしき男性が、自分たちを観察していた光景が忘れられない。「『自分と関係ない』では済まない。周りの人に問題意識を伝えて、議論を盛り上げる必要がある。参院では衆院で掘り下げられなかった論点を掘り下げてほしい。そして国民もそれを注視する必要がある」

ログイン前の続き一方、安保法に反対して国会前デモにも参加した岩手大の田渋敦士さん(23)は「共謀罪」反対の活動には参加していない。「『監視社会』『言論の自由』と決まり文句では、生活にどう影響するか現実感がない」。SNSで国会前のデモを目にすると、応援したい気持ちにはなる。だが、法案が「テロ防止」のためと説明されると腑(ふ)に落ちるようにも感じ、賛否を言い切れない。今回は冷静に見ていこうと思っている。

■異論唱えづらい空気「危ない」

コラムニストの小田嶋隆さん(60)は今年1月、ツイッターで「一般人は対象にならない」という政府の説明を批判した。

《これってつまり「誰が一般人でどんな人間が犯罪予備軍であるのかはオレらが決めるんでよろしく」ということだよね?》

すぐに反論のツイートが相次いだ。《適当に批判するのは小学生レベル》《「テロ等準備」の文字が読めないの? なんですぐに妄想で語っちゃうの?》

小田嶋さんは「政権の意向に賛成する人」が増えたのではなく、「権力に反発する人間に反発する人」が増えたとみている。「かつてあった政府の言い分をうのみにしないという『気分』は失われてしまった」

キャスターやジャーナリストら有志14人が集まり、法案に反対の声明を出した先月の記者会見。その数日前、呼びかけ人の元には声をかけた報道関係者から「賛同できない」と断りの連絡が相次いでいた。声明に名を連ねた田原総一朗さん(83)は「『中立の立場を保たないといけない。反対と言えば、立場が苦しくなる』と断られたらしい」と明かす。

昨春、著名なキャスターやコメンテーターが次々に番組を降板した。「下手すると、降ろされるんじゃないかという不安があるんでしょう」。田原さんはそう指摘する。

半世紀にわたって報道の現場に立ち続けてきた田原さんだが、「共謀罪」に対する視聴者の反応は予想に反し、小さいものだった。「そんな空気は非常に危ないな、と思いますね」(後藤遼太、山本亮介、岩崎生之助)

 

■「人権なし崩しにする」

この日も国会周辺で多くの人が法案に反対の声をあげた。

傍聴した横浜市の中森圭子さん(61)は「まだ議論は尽くされていない。どうして無理に採決してしまうのか」と憤る。本会議では、与党議員が英国で起きたテロ事件に触れた。中森さんは「賛成の議論に利用された。法案ではテロの定義も明確にされていないのに」と批判した。

 

「共謀罪」法案が衆院通過 県内でも反発の声「理解深まってない」

2017年5月24日【東京新聞・神奈川】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201705/CK2017052402000186.html

組織犯罪処罰法改正案に反対するチラシを配る市民団体「ストップ秘密保護法かながわ」メンバー=16日、横浜市中区の関内駅前で

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「国民の理解は深まっていない」「もっと丁寧な審議を」-。犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が二十三日、衆院を通過したことを受け、県内で法案に反対する活動を続ける市民からは反発の声が上がった。 (加藤豊大)

「廃案まで頑張ろう」。市民団体「ストップ秘密保護法かながわ」の中西綾子さん(78)=横浜市青葉区=はこの日午後、東京都千代田区の衆院議員会館前に仲間四人と駆けつけ、汗をぬぐいながら声を上げた。

自身は一九三八年東京都大田区に生まれ、戦中は福島県に疎開した。子どもながらに「なぜ大人たちは戦争に反対しなかったのだろう」と考えたという。「これから生まれてくる世代のためにも、言いたいことが言えない監視社会にしてはいけない」。中西さんたち同団体メンバーは今月、法案に反対するチラシを横浜市内各地で配り続けた。

対象の犯罪が二百七十七と多岐にわたることについては「法案について市民の関心が高くない中、成立してしまえば、逮捕されても自分がなぜ捕まったのか分からない人が出てくるのでは」と危ぶむ。

「市民連合@鶴見」の中原憲一さん(69)=横浜市鶴見区=は審議を見届けようと、先月から今月にかけて何度も衆院法務委員会を傍聴し、議事録や感じたことをメモに残した。

審議では、金田勝年法相に向けられた質問を林真琴法務省刑事局長が代わりに答え、直後にほとんど同じ答弁を金田法相が繰り返すという場面が繰り返されたという。「明らかに時間稼ぎ。刑法の根底を覆す法案がこんなお粗末な議論で決まるとは、数の力は恐ろしいと感じた」と振り返る。

「最後まで、一般の人たちが捜査の対象にならないと確信できる言葉は聞けなかった。はぐらかすということは、私たち市民の活動も取り締まり対象になるということでは」と語る。

ある日の傍聴席では、大学生と思われる私服姿の男性二人組が目についた。「質問と答えが違うよな」と話していたのを覚えている。「若い世代にも法案に関心のある人がいる。彼らの未来のためにも、これからも反対行動を続ける」

 

「共謀罪」プライバシー置き去り 国連特別報告者「深刻な欠陥ある法案」

2017年5月24日 朝刊【東京新聞・政治】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201705/CK2017052402000119.html

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プライバシー権に関する国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏が公開書簡で、「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案に懸念を示したことを巡り、日本政府が火消しに懸命になっている。法案の問題点の核心を突かれ、国会審議に影響が出かねないからだ。ただ、懸念を払拭(ふっしょく)するために丁寧に説明するというよりも、「国連の立場を反映するものではない」(菅義偉(すがよしひで)官房長官)といった切り捨て型の反論が目立つ。 (生島章弘、宮尾幹成)

ケナタッチ氏は二十三日、書簡に対する日本政府の抗議を受け「拙速に深刻な欠陥のある法案を押し通すことを正当化することは絶対にできない」とする反論文を公表した。二十二日には政府の抗議について「中身のない、ただの怒り」「多々挙げた懸念に一つも言及がなかった」と本紙の取材に回答した。

これに対し、政府も譲る気配はない。野上浩太郎官房副長官は二十三日の記者会見で、ケナタッチ氏の反論について「速やかに説明する用意があると伝達しているにもかかわらず、一方的に報道機関を通じて『懸念に答えていない』と発表したことは極めて不適切だ」と不快感を示した。

野上氏は、書簡に明記された法案の問題点に関しては「プライバシーの権利や表現の自由を不当に制約するなどの指摘は全く当たらない」と重ねて強調。質問には「追って正式に書簡で回答する」と語った。

ケナタッチ氏は安倍晋三首相に宛てた十八日付の公開書簡で、法案に盛り込まれた「計画」や「準備行為」の定義が抽象的なため、恣意(しい)的に適用される恐れがあることや、テロと無関係の罪が対象に含まれていると指摘。プライバシー権侵害を防ぐための措置を回答するよう求めていた。

日本政府はすぐさま国連人権高等弁務官事務所を通じ、ケナタッチ氏に抗議。菅氏は二十二日の記者会見で「書簡の内容は明らかに不適切」と批判していた。

特別報告者は国連人権理事会から任命され、国別、テーマ別に人権侵害の状況を調査し、人権理事会や国連総会への報告書を作成する。報告に法的拘束力はない。国では北朝鮮やシリア、イランなど、テーマでは表現の自由や女性差別、貧困などが調査の対象だ。

「共謀罪」書簡の国連特別報告者 日本政府の抗議に反論

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201705/CK2017052302000119.html
2017年5月23日 朝刊【東京新聞・国際】

ジョセフ・ケナタッチ氏=国連ホームページから
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【ロンドン=小嶋麻友美】安倍晋三首相宛ての公開書簡で、「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案に懸念を表明した国連のプライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏は二十二日、菅義偉(すがよしひで)官房長官が同日の記者会見で抗議したと明らかにした日本政府の対応を「中身のないただの怒り」と批判し、プライバシーが侵害される恐れに配慮した措置を整える必要性をあらためて強調した。電子メールで本紙の取材に答えた。

ケナタッチ氏によると、「強い抗議」は十九日午後、国連人権高等弁務官事務所を訪れた在ジュネーブ日本政府代表部の職員が申し入れ、その後、約一ページ余りの文書を受け取った。しかし、内容は本質的な反論になっておらず「プライバシーや他の欠陥など、私が多々挙げた懸念に一つも言及がなかった」と指摘した。

抗議文で日本側が、国際組織犯罪防止条約の締結に法案が必要だと述べた点について、ケナタッチ氏は「プライバシーを守る適当な措置を取らないまま、法案を通過させる説明にはならない」と強く批判。法学者であるケナタッチ氏自身、日本のプライバシー権の性質や歴史について三十年にわたって研究を続けてきたとし、「日本政府はいったん立ち止まって熟考し、必要な保護措置を導入することで、世界に名だたる民主主義国家として行動する時だ」と訴えた。

ケナタッチ氏は日本政府に引き続き、法案の公式な英訳文とともに説明を求めている。菅官房長官は二十二日、ケナタッチ氏の書簡に「不適切だ」と反論していた。

◆与党きょう衆院採決方針

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犯罪の合意を処罰する「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案を巡り、衆院議院運営委員会は二十二日の理事会で、衆院本会議を二十三日に開くことを佐藤勉委員長(自民党)の職権で決めた。与党は「共謀罪」法案を採決し、衆院を通過させる方針。二十四日の参院での審議入りを目指している。

与党が理事会で「共謀罪」法案の採決を提案したのに対し、民進、共産両党は、与党が衆院法務委員会で法案の採決を強行したことに反発して拒否。双方が折り合わず、佐藤氏が本会議開催を決めた。「共謀罪」法案を採決するかどうかは与野党の協議に委ねた。

法案を巡っては、安倍晋三首相(自民党総裁)が二十二日の党役員会で「今国会での確実な成立を目指す」と強調。高村正彦副総裁も「二十三日に間違いなく衆院通過させる」と話した。民進党の野田佳彦幹事長は記者会見で「審議は不十分だし、この間のやり方は極めて遺憾だ」と与党の国会運営を批判した。

与党は法案の成立を確実にするため、来月十八日までの今国会の会期延長も検討している。

<国連特別報告者> 国連人権理事会から任命され、特定の国やテーマ別に人権侵害の状況を調査したり、監視したりする。子どもの人身売買や、表現の自由に関する人権状況などの報告者がいる。政府や組織などから独立した専門家で、調査結果は理事会に報告する。

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【全文掲載】「日本政府の『抗議』は怒りの言葉が並んでいるだけで中身はなかった」〜共謀罪に懸念示した国連特別報告者が怒りの反論!海渡弁護士は菅長官を「驚くべき無知の産物」と糾弾! 2017.5.24

記事公開日:2017.5.24 テキスト【IWJ】
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/379992

(文:原佑介)

特集 共謀罪(テロ等準備罪)法案シリーズ
⇒「共謀罪」法案反対署名サイト

公共性を鑑み、しばらくの間フルオープンで公開します。

「私の書簡は、日本政府が法案を早急に成立させることを愚かにも決定した状況において、完全に適切なものだ」――。

国連の特別報告者で、「プライバシー権」を担当するジョセフ・ケナタッチ氏が2017年5月22日、共謀罪法案の成立を急ぐ日本政府に強い懸念を示した。ケナタッチ氏は日本の共謀罪法案を国連ホームページなどで批判し、日本政府は批判について、「不適切だ」と抗議していた。

▲ジョセフ・ケナタッチ氏(国連人権高等弁務官事務所ホームページより)

「共謀罪NO! 実行委員会」の代表を務める海渡雄一弁護士は5月23日に記者会見を開き、ケナタッチ氏による日本政府宛のさらなる反論メッセージを代読した。

▲記者会見する海渡雄一弁護士

この日は衆院本会議で共謀罪法案が強行採決されたが、ケナタッチ氏は法案の成立を急ぐ政府・与党の判断を「愚か」だと酷評し、「私は安倍総理に向けて書いた書簡のすべての単語、ピリオド、コンマに至るまで維持し続ける」と改めて強調した。

記事目次
「国連の立場を反映するものではない」〜共謀罪法案の中身を懸念する国連特別報告者を切り捨てた日本政府の愚

「日本政府の『強い抗議』はただ怒りの言葉が並べられているだけで、全く中身がない」国連特別報告者が怒りの反論!

海渡弁護士が菅官房長官を糾弾「驚くべき無知の産物だ」

「国連の立場を反映するものではない」〜共謀罪法案の中身を懸念する国連特別報告者を切り捨てた日本政府の愚

国連特別報告者のケナタッチ氏は5月18日、共謀罪法案について「プライバシーに関する権利と表現の自由への過度の制限につながる可能性がある」とし、日本政府の釈明を求める書簡を安倍総理宛に送付、国連のホームページでも公表した。IWJは5月20日、ケナタッチ氏の書簡の中身と重要性について海渡弁護士に単独インタビューしている。

•「共謀罪」を強行した安倍総理に国連特別報告者が重大警告! 条約批准を大義名分に掲げてきた政府の主張が足元から崩壊!? 「法案の審議はストップするべき」――海渡雄一弁護士が指摘! 2017.5.20

•公表されたケナタッチ氏の安倍総理宛の書簡(国連ホームページ)

ケナタッチ氏の書簡に対し、日本政府は同日中に抗議に出た。共謀罪法案は「国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結するための国内法整備」であると強弁し、「貴特別報告者が我が国の説明も聞かずに一方的に公開書簡を発出したことに、我が国として強く抗議する」と猛反発。

さらに菅官房長官は22日の会見で、ケナタッチ氏の指摘は「不適切」であるとし、「特別報告者という立場は独立した個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であり、国連の立場を反映するものではない」と、ケナタッチ氏の存在そのものを否定するかのような反撃に出ている。

▲5月22日の会見場での菅義偉官房長官(政府インターネットテレビより)

「日本政府の『強い抗議』はただ怒りの言葉が並べられているだけで、全く中身がない」国連特別報告者が怒りの反論!

日本政府と菅官房長官の反論を受け、海渡弁護士は、メールでケナタッチ氏に見解を求めたところ、ケナタッチ氏から同日中に返信がきたという。以下にケナタッチ氏の見解を全文掲載する(翻訳は小川隆太郎弁護士)。

私の書簡は、特に日本政府が、提案された諸施策を十分に検討することができるように十分な期間の公的議論(public consultation and debate)を経ることなく、法案を早急に成立させることを愚かにも決定したという状況においては、完全に適切なものです。

私が日本政府から受け取った「強い抗議」は、ただ怒りの言葉が並べられているだけで、全く中身のあるものではありませんでした。その抗議は、私の書簡の実質的内容について、1つの点においても反論するものではありませんでした。この抗議は、プライバシー権に関する私が指摘した多くの懸念またはその他の法案の欠陥について、唯の1つも向き合ったものではありません。

私はその抗議を受けて、5月19日(金)の朝、次のような要望を提出しました。

「もし日本政府が、法案の公式英語訳を提供し、当該法案のどこに、あるいは既存の他の法律又は付随する措置のどの部分に、新しい法律が、私の書簡で示唆しているものと同等のプライバシー権の保護措置と救済を含んでいるかを示すことを望むのであれば、私は、私の書簡の内容について不正確であると証明された部分について、公開の場で喜んで撤回致します。」

日本政府は、これまでの間、実質的な反論や訂正を含むものを何一つ送付して来ることが出来ませんでした。いずれかの事実について訂正を余儀なくされるまで、私は、安倍晋三内閣総理大臣に向けて書いた書簡における、すべての単語、ピリオド、コンマに至るまで維持し続けます。日本政府がこのような手段で行動し、これだけ拙速に深刻な欠陥のある法律を押し通すことを正当化することは絶対に出来ません。

日本政府は、その抗議において、2020年の東京オリンピックに向けて国連越境組織犯罪防止条約を批准するためにこの法案が必要だという、政府が多用している主張を繰り返しました。

しかし、このことは、プライバシーの権利に対する十分な保護措置のない法案を成立させようとすることを何ら正当化するものではありません。日本が国連条約を批准することを可能にし、同時に、日本がプライバシー権及び他の基本的人権の保護の分野でリーダーとなることを可能にする法案(それらの保護措置が欠如していることが明らかな法案でなく)を起草することは確実に可能でした。

私は日本及び文化に対して深い愛着を持っています。更に、私は日本におけるプライバシー権の性質および歴史についてこれまで調査してきており、30年以上にわたるプライバシー権とデータ保護に関する法律の発展を追跡してきたものです。私は、日本が高い基準を確立し、この地域における他の国々及び国際社会全体にとって良い前例を示して頂けるものと期待しております。ですので、私が先の書簡を書かなければならなかったことは、私にとって大いなる悲しみであり、不本意なことでした。

現在の段階においては、日本政府が私の書簡で触れたプライバシーの権利に着目した保護措置と救済の制度に注意を払い、法案の中に導入することを望むばかりです。私は書簡にて述べましたとおり、私は日本政府が私の支援の申出を受け入れて下さるのであれば、日本政府が更に思慮深い地位へと到達できるように喜んでお手伝いさせて頂きます。今こそ日本政府は、立ち止まって内省を深め、より良い方法で物事を為すことができることに気づくべき時なのです。私が書簡にてアウトラインをお示しした全ての保護措置を導入するために、必要な時間をかけて、世界基準の民主主義国家としての道に歩を進めるべき時です。日本がこの道へと進む時、私は全力を尽くして支援することと致しましょう。

ケナタッチ氏は、「私の書簡は、日本政府が十分な期間の公的議論を経ることなく、法案を早急に成立させると愚かにも決定した状況において、完全に適切なものだ」と主張し、「私が日本政府から受け取った『強い抗議』は、ただ怒りの言葉が並べられているだけで、全く中身のあるものではなかった。その抗議は、私の書簡の中身について、1つの点においても反論するものではなかった」と断じている。

さらに、「私は、安倍晋三内閣総理大臣に向けて書いた書簡における、すべての単語、ピリオド、コンマに至るまで維持し続ける」と日本政府の抗議をはねつけ、「日本政府がこのような手段で行動し、これだけ拙速に深刻な欠陥のある法律を押し通すことを正当化することは絶対にできない」と強い懸念を示した。

海渡弁護士が菅官房長官を糾弾「驚くべき無知の産物だ」

菅官房長官は「国連特別報告者」を「個人の資格」で国連の立場とは異なると突き放すが、海渡弁護士は会見で、「これは大変な間違いだ」と反駁した。

「特別報告者は国連人権理事会に任命され、国連に報告書を提出する。それが採択されれば、それは国連の見解となり、人権理事会の場で見解が引用されれば、日本はこれを受け入れるかどうかを迫られることになる」

そのうえで海渡弁護士は、「菅官房長官はこうしたプロセスを無視している。これは驚くべき無知の産物ではないか」と厳しく批判した。

これまで政府は国内に向け、TOC条約締結のために共謀罪法案が必要だと説明してきた。しかし、当の国連の特別報告者から法案への強い懸念が示されたことで、「政府が国連からの求めに応じてこの法律を作っているという大きな根拠が崩れたと言える」と海渡弁護士は指摘した。

それでも自民党は海渡弁護士が会見を開いた同日5月23日、共謀罪法案の採決を衆院本会議で断行。ブレーキが壊れたように暴走を続けている。

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5/23都市クリエイト株式会社「産廃焼却炉建設中止の申し入れ」【五領地区連合自治会】文字おこし

新しい会長に上田氏が就任された!嬉しい!申し入れ書を受け取りたくなくて逃げ回っていた福井の西川知事を思い出したぞ。

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   平成29年5月23日

都市クリエイト株式会社
代表取締役社長前田晋二様

  五領地区連合自治会
会長 上田博夫

   貴社「焼却発電設備」建設計画の中止申し入れの件

 拝啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り御礼申し上げます。

さて、平成29年5月14日五領地区連合自治会定期総会において、貴社が高槻市梶原中村町640-1他に建設計画中の焼却発電設備と称する産業廃棄物焼却炉に対して、建設反対を表明するとともに産廃焼却炉対策協議会に参画し建設反対運動をともに進めることを賛成多数で議決しましたので、その旨お知らせします。

そもそもこの五領地区は北摂連山を背に豊かな流れの淀川の聞に位置し、そこには鵜殿のヨシ原群生地と田んぼが広がる自然豊かな一帯と住宅地域がまさに融合した素晴らしい居住空間です。また、多くの商業施設や保育園、幼稚園、小中学校、高校が10ヶ所も存在します。その中心地で幹線道路である国道17 1号線沿いに産業廃棄物焼却炉の建設が計画されていると知り、地域住民は毎日不安な日々を過ごしています。

煙突から排出されるものは水蒸気だけではありません。水蒸気とともに有害化学物質が現在の規制値以下であったとしても排出され続け、周辺地域は将来に亘り有害化学物質が蓄積され土壌汚染が進みます。にもかかわらず、地域住民の健康への不安を無視し、このような人々が多く暮らす中心地に産業廃棄物焼却炉建設を進める暴挙に対しては断固反対します。

都市クリエイト株式会社殿におかれましては、速やかにこの建設計画を中止されるよう上牧・梶原を含む玉領地区全住民の代表者として申し入れます。

 敬具

カテゴリー: 公害, 上牧産業廃棄物焼却場問題

中嶌哲演師のお孫さんは友達の友達がお母さんでした!

お母さんは4年前に武生の駅へにゃんこを抱いてお見送りしてくれた方でした。

「お爺様(哲演さん)は、断食の後現在お元気にされてるそうです」とのこと。よかったホッ

カテゴリー: ちたりた | タグ: , ,

5/22「共謀罪」に危機感「物言えぬ社会つくるな」 各地でデモ行進【東京新聞・中日新聞の報道】大阪市は4000人で「楽しくデモしましたー(^O^)/」と、主催者の一人アッコちゃん談。

高槻市民の多くは大阪市の御堂筋デモにも行かずに、「五領・上牧 水と空気と土のフェスタ in 内ヶ池」に千人くらい集まった。
もっとも都市クリエイトとアイテックは10年以上前から特別管理産業廃棄物の焼却炉を作ろうってんだから、これも共謀罪だと言える。
「水蒸気しか出ません」とかクチから出まかせウソ言いたい放題。
ダイオキシンっていうのはごく微量でも恐ろしいもので環境ホルモンを作用させるのだからコワいんだよ。
ヨーロッパでは産廃焼却炉のそばじゃ牛がヨロヨロ歩いているというし、子どもが前立腺がんや膣がんになるっていうんだから恐ろしい。
上牧じゃ産廃焼却炉を作るとひとっことも言わずに用地買収していた事実も、紛糾した説明会で語られていたから皆知っている。
高槻市内だけじゃなくて「本当のことを言う人たち相手にスラップ訴訟しかけているんやってねー」って大津でも評判になっている。
あっ 「五領・上牧 水と空気と土のフェスタ in 内ヶ池」は5/20で、御堂筋のデモは5/21だった。

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「共謀罪」に危機感「物言えぬ社会つくるな」 各地でデモ行進

2017年5月22日 【東京新聞・社会】朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017052202000117.html

 

「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案に反対し、プラカードを掲げる女性=21日午後、東京都渋谷区で
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「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案に反対する集会が二十一日、全国各地で開かれた。初夏の日差しの中、参加者らは「絶対反対」「監視社会はいらない」と訴えてデモ行進。衆院法務委員会での採決強行に怒りの声を上げた。

東京・新宿では若者ら約千八百人(主催者発表)が「物が言えない社会をつくるな」と訴え行進。昨年解散した若者グループ「SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)」元メンバーらが結成した「未来のための公共」も加わり、東京都杉並区の大学生中山美幸さん(22)が「みんなが危機感を持っている。声を上げていこう」と呼び掛けた。

福島県会津若松市では、市民ら約二百五十人(主催者発表)が「共謀罪ダメ!」と書かれたプラカードを持って約一時間、シュプレヒコールを上げて練り歩いた。同市の無職増井健治さん(64)は「戦争の頃のように、自由に物を言うことができなくなってしまわないか」と訴えた。

長野市のJR長野駅近くの広場では市民が「テロ対策とうそをつくな」と怒りの声。参加者は「いやです共謀罪」と書かれた横断幕やプラカードを持ち行進した。

大阪弁護士会は、大阪市西区の公園で集会を開き、主催者発表によると四千人以上が参加。大阪のメインストリート、御堂筋を繁華街の難波周辺まで行進した。大阪府吹田市の無職福井正敏さん(66)は「プライバシーを侵害する法案は絶対に認められない」と語気を強めた。

熊本市では市民らが中心部の商店街をデモ行進し「言論の自由が危ない」と声を張り上げた。熊本市の会社員上下(じょうげ)澄久さん(62)は「十分な説明や審議がないまま採決され、とんでもない」と憤った。

愛知県の市民団体が名古屋市で開いた集会で講演した山口二郎・法政大教授は「テロ対策や社会の安全ではなく、内閣を批判する人たちの抑圧に使われるのではないか」と指摘した。

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「共謀罪」廃案 諦めない 富山市中心部でデモ

2017年5月22日【中日新聞・富山】
http://www.chunichi.co.jp/article/toyama/20170522/CK2017052202000027.html

「共謀罪NO!」と書かれたプラカードを持って、廃案を訴えるデモの参加者=富山市桜町で
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犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」に反対するデモが二十一日、富山市中心部で開かれた。

元砺波市長の安念鉄夫氏や富山大空襲を語り継ぐ会の田中悌夫代表幹事ら三十人が参加を呼びかけ、約三百人が参加した。

デモの前には集会も開かれ、県労連の増川利博議長が十九日の衆院法務委員会で同罪を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が可決されたことについて「強行採決によってものが言えない社会になる」などと批判。「政府に黙って従う人生にはさせない」と訴えた。

デモの参加者は戦時下の治安維持法で言論弾圧され、後に被告が実質無罪と認められた横浜事件を引き合いに「横浜事件をまた作り出す」や「共謀罪NO」などと書かれたプラカードを持って、富山駅前や県庁前などを約一・三キロ行進。タンバリンなどの楽器も持ち寄り、「人権守れ、自由を守れ」「市民の暮らしをのぞき見するな」などとシュプレヒコールを上げた。

富山市の無職女性(73)は「私には孫が三人いる。子どもたちに安心で自由な未来を残すためにも法案廃止を最後まで諦めない」と話していた。 (向川原悠吾)

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「共謀罪、絶対認めない」 県内でも抗議

2017年5月20日【中日新聞・静岡】
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20170520/CK2017052002000086.html

◆衆院委 採決強行に怒り

共謀罪に反対する横断幕を掲げる参加者ら=19日、浜松市中区のJR浜松駅前で
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「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が衆院法務委員会で可決された十九日、国会周辺に集まった人たちは、声を上げられる社会を守ろうと法案反対を叫んだ。特定秘密保護法、安保関連法、そして共謀罪法案。安倍政権下で繰り返される採決強行。「取り返しのつかないことになる」。国会周辺だけでなく、静岡県内でも法案に反対する人たちは抗議の声を上げた。

■浜松市

浜松市中区のJR浜松駅前も抗議運動があり、市民ら約五十人が参加した。

「強行採決許さない」「NO!共謀罪」と書いた横断幕やプラカードを持ち、通行人らにアピールした。ギターの演奏に合わせて「共謀罪は人権侵害」「人の心を萎縮させない」と合唱した。

抗議運動は市民らでつくる「戦争させない・9条壊すな!浜松総がかり行動」が呼び掛けた。事務局の村松幸久さん(67)は「この時期での可決は話にならない。安倍内閣は強行採決しかできないのか」と批判した。

■静岡市

「共謀罪」の強行採決に反対する街宣をする市民団体メンバーら=19日、JR静岡駅地下通路で
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静岡市では同日、市民団体「戦争をさせない1000人委員会・静岡」がJR静岡駅地下通路で、同案に反対する街宣と署名活動を行った。団体のメンバーが「共謀罪の強行採決反対!」と書かれた横断幕を持ち、帰宅中の会社員や学生らに署名を呼び掛け、ちらしを配った。

鈴井孝雄事務局長は「共謀罪ではテロがなくならない上に、平和、労働運動が監視の対象になる。成立を許してはいけない」と話した。

市町議員のグループ「自治体議員立憲ネットワーク静岡県」(静岡市葵区)は十九日、衆院法務委が組織犯罪処罰法改正案を強行採決し、可決したことを受け「市民団体や労働組合の活動などが日常的に監視され、悪用されていくことは十分に予測できる」として反対声明を発表した。

声明では「個人の内心や思想が処罰の対象とされかねず、憲法の保証する思想・良心の自由などを侵すおそれが強い」と廃案を求めている。

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「共謀罪」反対訴え 相模原で市民デモ

2017年5月22日【東京新聞・神奈川】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201705/CK2017052202000166.html

デモ行進する参加者=相模原市中央区で
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犯罪の合意を処罰する「共謀罪」の趣旨を含む組織犯罪処罰法改正案に反対するデモ行進が二十一日、相模原市中央区であり、参加者約六十人が「テロ対策とは関係ない」などと声を上げた。

デモに先立ち、日弁連共謀罪法案対策本部副本部長の海渡雄一弁護士を招いた集会があり、約百七十人が出席。海渡氏は重大犯罪には既に予備罪が設けられほぼ網羅されていることなどに触れた。 (井上靖史)

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「恣意的運用」国際視点から警告 国連報告者、首相に書簡 「共謀罪」採決強行

2017年5月20日 06時58分【東京新聞・社会】
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017052090065838.html?ref=rank

プライバシーの権利に関する国連特別報告者ケナタッチ氏が、「共謀罪」法案に対し、プライバシーや表現の自由を制約する恐れがあると強い懸念を示す書簡を安倍晋三首相あてに送付した。法案の「計画」や「準備行為」の文言が抽象的で恣意(しい)的に適用されかねないなどと警告しており、国際的な視点から問題点を明示された形だ。

書簡は十八日付で、法案で対象となる犯罪が幅広くテロリズムや組織犯罪と無関係のものを含んでいると指摘。どんな行為が処罰対象となるか不明確で、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題があるとした。

さらに書簡は、プライバシー保護の適切な仕組みが欠けているとして、懸念事項を列挙。「国家安全保障のために行われる監視活動を事前に許可するための独立機関の設置が想定されていない」と問題視した。

政府は、犯罪の計画だけで強制捜査はできないが、令状がいらない任意捜査は必要性などがあれば認められる、としている。これに対し、書簡は「法案では令状主義の強化が予定されていない」と批判する。

その半面、「警察がGPS(衛星利用測位システム)や電子機器を使った捜査で裁判所に令状請求する際、司法の監督の質が憂慮される」とも記述。政府側が歯止めとして強調する裁判所のチェック機能にも疑問を呈した。

ケナタッチ氏は、情報技術(IT)に関する法律の専門家で、マルタ共和国出身。国連の人権理事会が二〇一五年七月、プライバシー権に関する特別報告者に任命した。 (辻渕智之)

(東京新聞)

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5/28深夜0時50分「村と科学者~避難解除の福島・飯館村~(仮)」 【MBS・映像’17】津村健夫ディレクターによる今中哲二さんの番組

今中さんを追っかけて10年になる津村健夫ディレクターの作品。

私はまだ6年で、あの「なぜ警告を続けるのか ~京大原子炉実験所・異端の研究者たち~」という、今中さんと小出さんの追っかけ番組で初めて今中さんを存知あげることになったものだ。

この番組にどれくらい期待しているかというと、番組を見るためにテレビを修理することにしたくらいだ。
ガラケーの写真の中に津村さんから取材をうける今中さんの写真があるはずだから、今度探しておこうと思う。

そういえば今年の3/11の夜といえば、新聞うずみ火の集会後の交流会でM先輩が横に私がお向かいで、今中さんにお酌をしていたっけ。

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村と科学者~避難解除の福島・飯館村~(仮)

http://www.mbs.jp/eizou/ 【MBS・映像’17】
5月28日(日) 深夜0時50分~

福島県の北部にある飯舘村(いいたてむら)は人口6,000人、農業と肉牛で村おこしに励み、四季折々の風景が美しい村だった。村の大部分は福島第一原発から30キロ以上離れていたが、2011年3月の原発事故では気象状況のために大量の放射性物質が雨と雪によって降下し、山や田畑、住宅を汚染した。事故発生当初、村民には放射能汚染についての情報がほとんど知らされず、1か月以上経ってから国は村を“計画的避難区域”に指定。人々は物事の判断を十分に行う暇もないまま全村避難させられ、故郷を奪われることになった。

この飯舘村に事故発生当初から入り、放射能汚染の測定を続けている科学者がいる。京大原子炉実験所の今中哲二さんだ。村内をまわって空間放射線量や土壌汚染のデータを測定し、広く一般に開示している。「飯舘村を汚染している放射性物質は、主にセシウム134(半減期3年)とセシウム137(半減期30年)。理論どおりに減衰してはいるが、汚染がほぼなくなるまでに、50年100年単位の時間がかかる」と今中さんは言う。原子力の専門家として、1986年にソ連で起きたチェルノブイリ原発事故を主に研究してきた。今中さんは福島とチェルノブイリを重ね合わせて、こう言う。「いったん原発事故が起きると、周囲20~30キロの地域・文化がまるごと失われるという点では、同じことが起きている・・・」

今年3月31日。飯舘村では避難指示が解除された(一部帰還困難地域を除く)。宅地や農地の大規模な除染の結果、年間の追加被ばく線量が20ミリシーベルトを下回るようになったというのが理由だが、山林の除染は手つかずで、村内には高線量が計測される“ホットスポット”が点在する。5月1日現在、村に戻ったのは259人。全人口の4%足らずで、ほとんどが高齢者だ。そんな村は、いま国からの交付金で財政は潤い(予算額は原発事故前の4倍)、道の駅や子ども園などの公共工事が急ピッチで進められている。原発事故での強制避難と解除を経験した村は、巨額の公費の下でどう再生を果たそうとしているのか、村民と科学者それぞれの視点から考える。

カテゴリー: 放射能汚染, 今中哲二

5/17関電本店前と5/18滋賀県庁ロビーで断食抗議されている中嶌哲演師の報道【毎日新聞】

関電本店前(再稼働の水曜日)には、5/17午後から行きました。
関電は柵を締め切りトイレも使わせず、本当にいやーな感じで威嚇しておりました。
火曜日は八木さん宅のブロック騒ぎがあったようですが、あれは高浜再稼働かくしの自作自演に違いありません。でなければ関電SOSの防犯カメラシステムをわざわざ止めていたのでしょう。
まだ婚約もしていない皇族のことも高浜再稼働とか共謀罪とか森友とか加計問題を隠すために利用されたというのは素人の目にも明らか。

関電も必死の攻防の三日間だったのでしょう。
それだけ哲演師と自然発生的に「関電本店前へ行けば抗議しているはず」と集まった人たちを恐れているのでしょう。

2017/05/17/15:53

関電前での抗議を終えられた哲演師にインタビューしました。

ちた「今回の断食声明が発表されたのが当日でしたが、いつ決意されたのですか?実は私は先週金曜の福井集会に行った者ですが、その集会でお聞きしてなかったものですから」

哲演「その前日の終わりの方で少しお話しました」

ちた「あの断食声明を上牧行動主催者からお預かりして、月曜朝にNet上で拡散させて貰ったので、月曜は朝昼と2食抜いて断食にお付き合いさせて頂きました。
でも晩御飯の時にお酒を飲んだら血のめぐりが良くなりすぎたのか、夜中に顔のホクロかなにかをかきむしって血だらけになりました。断食してお酒を飲んだらだめなのですね。」

哲演師(多分苦笑されながらも)合掌されました。

などとアホなことを言ってしまった。

 

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高浜原発:関電本店前に70人超 再稼働に反対の声

毎日新聞2017年5月17日 23時55分(最終更新 5月18日 00時00分)
https://mainichi.jp/articles/20170518/k00/00m/040/172000c#cxrecs_s

 

関西電力高浜原発4号機の再稼働に反対し、関西電力本店前で抗議する人たち=大阪市北区で2017年5月17日午後5時、小関勉撮影

 

大阪市北区の関西電力本店前では17日、関西の市民70人以上が集まり「私たちは同意していない」などと反対の声を上げた。大阪府河内長野市の看護師、藤岡淳子さん(59)は「(事故が起こり)琵琶湖の水が汚染されたら大変。都市住民が自分のこととして声を上げることが、結局は自分を守ることになる」と話した。

関電前で15日から断食していた福井県小浜市の明通寺住職、中嶌哲演さん(74)は17日夕、「再稼働しても屈したくない」と表明。18日からは福井県庁ロビーで断食を続ける。「県や国に高浜原発周辺の過去の地震・津波の詳細調査を求める」と話した。【大島秀利】
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高浜原発4号機再稼働に抗議 住職、県庁で断食継続 /福井

https://mainichi.jp/articles/20170519/ddl/k18/040/360000c
【毎日新聞・福井県】2017年5月19日

断食中に健康診断を受ける中嶌哲演さん(右)=福井県庁で、岸川弘明撮影

関西電力高浜原発4号機(高浜町)の再稼働に抗議するため、小浜市の明通寺住職、中嶌哲演さん(75)が18日、県庁1階のロビーで断食を始めた。

中嶌さんは今月15~17日、大阪市北区の関電本店前で再稼働断念を求めて断食。今回の再稼働を了承した西川一誠知事にも抗議の意思を示すため、18日に福井市に移動し、断食場所を県庁に移した。「事故が起きたら知事の倫理的責任は免れない」と訴えている。

15日以降、水しか口にしていないという。県庁で中嶌さんの血圧や脈拍を計測した医師は「現時点で異常は見られないが、疲れは出ている。あまり無理しない方がいい」と話した。

断食は19日も続ける。午後には敦賀市で原子力規制庁の職員に会い、高浜原発や大飯原発近くで過去に起きた地震や津波の調査・検証を求める。【岸川弘明】
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カテゴリー: ちたりた, 関西電力, 再稼働, 上牧行動 | タグ: ,

5/15高浜運転差し止め仮処分を申請 福井地裁支部に住民【中日新聞・社会】坂井市の松田正さんと今大地晴美敦賀市議!

高浜運転差し止め仮処分を申請 福井地裁支部に住民

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2017051590112600.html
【中日新聞・社会】2017年5月15日 11時26分

再稼働を控える関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを求め、福井県の住民2人が15日、福井地裁敦賀支部に仮処分を申請した。

2人は2014年に同じ2基の運転停止を求めて同地裁に仮処分を申し立てた坂井市の松田正さん(67)と今大地晴美敦賀市議(66)。申立書では、事故が起きて放射性物質が拡散されれば人格権が侵害されると訴えている。松田さんは「事故が起きれば取り返しのつかないことになる原発に確率論は合わない。何としても止めなくてはならない」と話した。

14年の申請を受け、福井地裁は15年4月に運転を禁じる決定をしたが、関電の異議申し立てで、地裁の別の裁判長が同年12月に決定を取り消し、2基は再稼働した。

昨年3月には大津地裁が滋賀県の住民の主張を認めて2基の運転停止を命じたが、今年3月に関電の抗告を受けた大阪高裁が決定を取り消した。4号機は17日にも再稼働する見込みで、3号機は16日までの予定で核燃料の装填作業中。

(中日新聞)

カテゴリー: 裁判, 再稼働

4/14中嶌哲演 福井で原発反対運動続ける住職【中日新聞・あの人に迫る】

中嶌哲演 福井で原発反対運動続ける住職

2017年4月14日【中日新聞・あの人に迫る】
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/anohito/list/CK2017041402000244.html

写真・河野光吉

◆必要で安全なら大都市につくれ

東京電力福島第一原発事故から六年、原発再稼働の動きが加速している。大阪高裁は三月末、地裁の仮処分で止まっていた関西電力高浜原発の再稼働を容認した。「原発銀座」と呼ばれる福井県で反対運動を続けてきた中嶌哲演さん(75)は、原発に依存しないまちづくりを考えようと呼び掛ける。その心を聞いた。

-福井県では高浜原発の仮処分が取り消され、大飯原発も近く新規制基準への適合が正式に認められそうです。なぜ今、地域の原発依存からの脱却がテーマに浮上したのですか。

何年も前から言い続けてきたのですが、再稼働で賛成と反対が競り合っている時期を迎え、推進側が勝てば第二の福島のような原発事故が起こるとの絶大な危機感があります。

これまで反対派の訴えは、危険性や事故の深刻さが中心でした。福島の事故後、反対世論が多いのに、依然として再稼働に暴走するのはなぜか。駄目押しに、地元の経済的問題の解決が必要だと考えています。

地元で再稼働を認めている人は、安全性に自信があるからではなく、自分たちの生活や自治体の財政がどうなるかという明日への強迫観念から、再稼働にきっぱりと反対できない。

例えば大飯原発があるおおい町は歳入の六割以上が原発関連です。自立した主体的な生活が営めず、原発マネーで物が言えないファシズム的な支配に甘んじないといけない。

-それを変えるには何が必要だと思いますか。

再稼働しなくても抜け出せるという施策やビジョンを示せば、存続しなくていい。福島の事故まで国策に貢献している誇りがありましたが、もはや原子力に必然性はありません。行財政の面でこういう対策を講じるべきだという運動が必要です。

私が大学に進学するため上京した一九六〇年代初頭、炭鉱労働者が街でデモをしていました。六〇年安保で騒がしい時代でしたが、当時の私は政治に関心がない「ノンポリ」もいいところで、道端から見ているだけでした。いま思えば、石炭から脱却して石油が主力の時代に、国が支援して切り替えていくのを目撃していたのですね。今は原子力から脱皮する時代に直面している。当事者として、安穏としているわけにはいかないのです。

-ノンポリ学生が、なぜ反原発運動を?

大学では美術史を専攻し、人間の死の問題や不安が大きなテーマになっていた実存主義に関心を持っていました。ロシア文学を読み、映画ばかり見ていて不眠症になり、入り直した高野山大で学友に連れられて和歌山での平和行進に行き、ある広島の被爆者に出会ったのです。

平和問題にも社会問題にも警戒感を抱いていた私は浮いていたと思いますが、その方はずっと私のそばについて戦争や被爆の体験を語りました。思わずメモをとった三首の短歌があります。一つは「死ぬる気で出征したる故郷(ふるさと)へ隠れ病む身となりて帰りぬ」という歌で、この「隠れ病む身」という言葉が、キーワードとして深く焼きつきました。

放射線は遺伝子を傷つけ、結婚差別や子や孫を持つときに苦悩を伴う。身を縮めて隠れ住み、病気を恐れる宿命。福島から避難した子どもがいじめに遭う問題もそうですが、軽はずみに公にできないのに、よくわかっていない若造に伝えてくれた。小浜市の寺に戻ってから地元の被爆者を訪ね、托鉢(たくはつ)で支援を始めたころ、小浜に原発誘致の話が浮上してきました。

-それから四十年以上にわたる反対運動が始まったのですね。

私が目覚めたときには、若狭湾岸では敦賀市や美浜町、高浜町などに七基が建設・計画中でした。私が参加していた宗教者団体や小浜市原水爆禁止日本協議会など六つの団体とオブザーバーとして三団体が加わり、七一年に「原発設置反対小浜市民の会」を結成しました。「美しい若狭を守ろう!」を合言葉に、原発の立地計画が三回、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の計画が二回浮上しましたが、すべて阻止しました。

でも、すぐ隣のおおい町に大飯原発があります。大飯原発の3、4号機の増設計画が浮上したとき、はがきを送ってもらう市民投票を実施したら、小浜市民の91%が反対だったのに原発はできました。十キロ圏内の住民の75%は小浜市民でしたが、立地する自治体にしか発言権がないからです。

大地震で事故が起きたらどうなるでしょう。福島では、放射能で暮らしも思い出も奪われ、ふるさとを捨てさせられています。人工妊娠中絶をした女性もたくさんいると聞いています。

-事故から六年たち、脱原発の世論は多いですが、風化も指摘されています。

背景の一つに立地の差別構造があると思います。火力発電所は都会に林立しているのに、原発は過疎地に押しつけられてきた。大量生産、大量消費の高度成長を下支えしたのが原発かもしれませんが、電気を必要としたのは大都市です。必要で安全なら、なぜ大都市につくらないのか。

原発には三つの地元があると思います。立地する地元と被害を受ける地元、消費する地元です。福島の事故で「被害地元」という考えは広がり、昨年三月に大津地裁が高浜原発の運転差し止め仮処分でそれに応えました。

でも原発を田舎に押しつけて電力だけ享受してきた「消費地元」は、「犠牲にしてまで電気はいらない」とは言ってくれなかった。福島の事故で、東京に電気を送ってきた福島が犠牲になるという構造が、一時的に可視化されましたが持続していない。それでも反対運動は続けられ、応援してくれる人もいますが、多くは危険を押しつけてきた自覚や反省がなく、自分の問題として捉えられていないのではないかと思います。

-高浜原発の仮処分が解ける前から、電力会社は「再稼働したら値下げする」とPRしてきました。

目先の損得でしょうが、事故が起きれば後始末は国民がしなければなりません。安くつくどころか天文学的なコストがかかり、本当は破綻している。こういう機運で突き進めば第二のフクシマが起きるのは必然だと思います。次に福島のような原発事故が起きたら日本は滅びます。

この四十年以上にわたる構造的な問題の解決が間に合うのか。緊急の問題です。若狭湾岸は何度も大地震が起きています。だから、立地だけでなく、被害地元や消費地元の人も巻き込んで脱する道を掘り下げ、説得力のある運動を早く具体化しなくてはなしません。

戦前の日本は、本土を空襲されても広島に原爆を落とされても、戦争をやめなかった。福島の事故はヒロシマです。長崎に原爆が落ちるまで、第二のフクシマが起きるまで目覚められないのでしょうか。

釈迦(しゃか)は最晩年に「自灯明、法灯明」という言葉を弟子に残しました。自分の足元を見つめ、節理に照らして生きよという意味です。一人一人の自覚と行動が大事です。

◆あなたに伝えたい

今は原子力から脱皮する時代に直面している。当事者として、安穏としているわけにはいかないのです。

<なかじま・てつえん> 1942年、福井県小浜市生まれ。実家は、9世紀初めに坂上田村麻呂が蝦夷征伐に際して創建したと伝わり、国宝の本堂や三重塔がある明通寺(真言宗御室派)。東京芸術大を中退後、高野山大を卒業。現在は同寺住職を務める。被爆者支援活動をきっかけに仏教者の立場から原発に異を唱え、「原発設置反対小浜市民の会」の事務局長として長年活動。現在も「福井から原発を止める裁判の会」代表として、若狭湾岸にある関西電力の大飯、高浜原発の運転差し止め訴訟や高速増殖原型炉もんじゅの設置許可取り消し訴訟などに携わる。「いのちか原発か」(風媒社)や「原発と宗教」(いのちのことば社)など多数の共著がある。

◆インタビューを終えて

初めて中嶌さんと話したのは二月下旬。大飯原発3、4号機の再稼働についてコメントを求めると「忘れないうちに根本的な話を」と語りだし、「私は本当にウンザリしているんですよ!」と受話器から怒気が漏れ伝わってきた。

沖縄の基地問題と同じく、差別への怒りは原発がある限り解消されない。国の立地指針で、事故時の被害を抑えるため人口密集地に建設できないからだ。事故が前提なのに、起きないと言いくるめてきた国や電力会社の責任は重い。そしてこの問い掛けも。

「都会の住民に、福島の事故の責任がないと言えますか?」

(中崎裕)

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【拡散希望】2017. 5/15  関西電力本社前で 断食声明「あとからくる者のために」 (若狭の一住民・ー仏教者として)中嶌哲演

2017. 5/15  関西電力本社前で

 断食声明「あとからくる者のために」

   (若狭の一住民・ー仏教者として)中嶌哲演

・福島原発震災から6年、ますます,過酷・深刻化している「フクシマ」の被災者たちに心を寄せ、その抜本的で包括的な救済(法的・財政的な整備など)を願い、また、若狭に「第二のフクシマ」を断じて繰り返させないことを願って、今朝から断食を始めました。

(1)関西電力は、高浜原発4・3号機の起動を延期し、再稼働,を再検討し、断念すること。

(2) 国は、大宝(701) と天正(1586) の大地震・津波に関連して、高浜・大飯原発の近傍と冠島の海面下を公明正大に調査し、検証すること。

(3) 広範な住民・市民のみなさんは、いつでも、どこでも、だれでもできるー食断食、ー日断食などで、再稼働反対を表明し、その食費を反対運動資金にあてる共通の口座に振り込んでいただくこと。
関西電力は、高浜3・4号機、大飯3・4号機の再稼働のために、すでに数千億円の新安全対策費を投じ、高浜1・2号機、美浜3号機、大飯1・2号機の延命にもさらなる高コストを迫られています。その巨額の対策費を脱原発のための準備に転換するならば、離反しかかっている消費者も踏みとどまり、共感し、支持することでしょう。

もし理不尽にも(1)が強行突破されても、少なくとも(2)の確約が得られない限り、私は断食を続行する決意です。この私の主張と行為が単なる独断や軽挙妄動でないことを、過去4度におよぶ断食声明によってもご判断いただければ幸いです(参考資料1)。フクシマ以後、今日に至るまで、あらゆる世論調査は再稼働反対が賛成をはるかに上回っていることにも配慮してください。(3)の持続的な広がりをも確信し、期待しております。

(2)について。関西電力は私たち若狭の住民の度重なる要望に耳傾けませんでしたが、国の調査によって、高浜の海岸から500mの内陸部を襲った天正の大津波の痕跡が発見されました(昨年)。高浜原発はその地点から7kmです。また、大宝の大地震によって陥没した大島(東西2.4km、南北6.4km)の山の頂上が海面上に残ったというのが、冠島の由来です。その海面下に階段状の人工遺跡がダイバーたちによって発見され、話題のスポットになっているのです。冠島から宮津湾内へ13km、海岸から500m、海抜40mの真名井神社に、大宝の大津波をせき止めたという伝承をもっ古い「波せき地蔵」がまつられています。高浜原発4基は冠島から12km、内浦湾の奥懐深く位置しています。関西電力は、最大6.7mの津波にそなえた8mの防潮堤で足りるとしています。地震学者をはじめ歴史学者や考古学者などの本格的な調査が望まれる所以です(参考資料2)。
・高浜原発(をはじめすべての原発)の再稼働に私が反対する根本的な理由は、決して上記に尽きるものではありません。その根本的な理由として、

第一に、冒頭で表明したように、再稼働よりも、福島原発震災の被災者たちの全面的な救済、福島事故の原因究明と後始末こそ最優先すべきだからです。

第二に、1基の大型原発が1年間稼働するだけで広島型原爆1000発分の「死の灰」を生成、蓄積せざるを得ないからです。国内の原発群はすでに同120万発分に達していて、再稼働はそれの増加につながり、後世代へ巨大な負担をのこすことになります。また、原発内の被ばく労働者の累計は、広島・長崎の原爆被爆者65万人に迫ろうとしています。膨大な放射性物質が放出・拡散すれば、いかなる惨禍に見舞われるかを、フクシマから十二分にまなばなければなりません。この一事だけでも、再稼働は許されないはずです。

第三に、麻薬的な原発マネーにより国内植民地化された「立地(集中)地元」の過去と現在から目をそらし、もっともらしい個別の安全論議に終始しているからです。関西圏の火力発電所は12か所37基が瀬戸内海側に林立しているにもかかわらず、関西電力の原発は若狭の3町に11基が集中し、超高圧電線で関西圏に送電されてきたのです。「必要神話」はともあれ、「安全神話」は福島や若狭に1基目の原発が設置された時、原理的に崩壊していたのであり、2011年3月11日に現実的に完全崩壊したのでした。そのフクシマ後においても、30km圏内の住民に避難指示が出されるのは、平常時の10000倍の放射線被ばくを強いられる状況になってからーという大事故の発生も織り込み済みの再稼働!このように「立地・周辺地元」の棄民政策は貫徹されているのです。従来の枠組みは、地元立地自治体と立地県の同意だけで原発を推進、強行できたのですが、大津地裁の高浜原発差し止めの決定によって揺るがされました。若狭の原発電力の「消費地元」の市民と自治体が今こそ広範に声を上げ、関西電力にブレーキをかけていただかないと、もろともに「被害地元」の憂き目を見ることになるのではないでしょうか。(参考資料3)

第四に、わが地震列島が動乱周期に突入しているからです。福井地裁の樋口判決の警告通り、「万が一」の事故・事態は、遠い未来の仮定ではなく、チェルノブイリやフクシマで起こった既定の事実であり、近未来にも起こり得ることであり、「少なくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば、その差し止めが認められるのは当然である」と重説されていることを想起しましょう。

・15基もの原発集中化を余儀なくされ、憂慮し、苦闘してきた福井県下の17市町の住民のみなさん、これまでその電力を享受されてきた、あるいは若狭に連帯・支援を重ねてくださった関西の市民のみなさん、「第二のフクシマ」を繰り返させないために、再稼働反対の声をそれぞれの府県知事に届け、関西電力にプレーキをかけるよう求めてまいりましょう。最後に、積年の若狭のー仏教者としての想い(参考資料4)もふまえて訴えます。

「・・・/あとからくる者のために/山を川を海を/きれいにしておくのだ/あああとからくる者のために/みなそれぞれの力を傾けるのだ/あとからあとから続いてくる/あの可愛い者たちのために/未来を受け継ぐ者たちのために/みな夫々自分で出来る何かをしてゆくのだ」(坂村真民『詩集・詩国』より)

今年5月に、私も遅ればせながら初孫をさずかりました。爺馬鹿(じじばか)としても、その初孫とすべての子どもたちに、せめてもの贈りものをしたいのです。合掌

カテゴリー: ちたりた, 再稼働

児童生徒疾病調査をもとに神奈川県全域の大気汚染を検証する(西岡 政子さん)【高木仁三郎市民科学基金】「完了報告」文字おこしも

アイテックの金沢工業団地の産廃焼却施設を調べていたら横浜のことが分かってきた。

これも目を通しておくべき↓

横浜南部地域を中心とした焼却炉等からの広域的・累積的な重金属汚染の実態把握
-原子吸光法とスプライン法による土壌中重金属濃度の解析-

http://www.eritokyo.jp/independent/research/pbhg/index.html
【環境総合研究所】

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高木仁三郎市民科学基金 助成研究の概要 (2006年度実施分)

http://www.takagifund.org/grantee/05/05nishioka.html

氏名:西岡 政子さん
研究テーマ:

児童生徒疾病調査をもとに神奈川県全域の大気汚染を検証する

助成金額: 30万円

研究の概要:2005年12月の助成申込書から
途中経過:2006年10月の中間報告から
結果・成果:2007年4月の完了報告から

2007年6月の成果発表会にて

研究の概要 : 2005年12月の助成申込書から

私の住んでいる横浜市栄区には、交通量の多い2車線の幹線道路が2本あるだけで、工場は大船近辺に数社あるだけです。一方、市内でも3番目に緑が多く、自然環境に恵まれた町です。ただし、周囲には一日あたりの焼却能力が1,500トンの栄工場と、同じく900トンの港南工場、150トンの今泉クリーンセンター(鎌倉市)の3つのごみ焼却場が周囲に立地しています。

平成13年1月に栄工場が停止したところ、風下にある2つの小学校のぜん息患者が、翌年はゼロになりました。1校ある中学校は3分の1に激減しました。

横浜市立小学校354校の中で、ぜん息児童数がゼロの学校はごく僅かです。

平成14年12月に今泉クリーンセンターが修理のために止りました。すると、1キロ北にある桂台小学校と2キロ北の本郷小学校の平成16年度の罹患率は、揃って3分に1に激減しました。3年連続で市内ワースト1だった5キロ風下の南舞岡小学校も、24%が17%まで下がりました。横浜市18区の中で栄区は常にトップか最上位だったのが、平成16年度は12位です。中学校も極めて似た傾向です。

これらの学校に通う子どもの住環境は、閑静な高台の第一種専用住宅地のため、学校やPTA,地域住民にこの事実を知らせたところ驚かない人はいませんでした。

他の疾病との関係を知るために心臓疾患など8項目についても調べました。

神奈川県下全域を対象に、ぜん息罹患率の高い学校とごみ焼却場、ぜん息の主原因と言われていると車の排気ガス(交通量多い道路)との関係について、是非とも調べてみたいと思います。

途中経過:2006年10月の中間報告から

1. ごみ焼却場とぜん息との相関関係を複数の事例から明らかにする。

①横浜市、川崎市、横須賀市、鎌倉市の各市立小中学校の学校保健(児童・生徒疾病等傾向)実態調査データを入手し、平成12年~17年度、6年間の累積を分析し、9項目の元データを作成した。

疾病項目:ぜん息、心臓疾患、腎臓疾患、てんかん、アレルギー性鼻炎、その他の耳鼻咽喉疾患、アレルギー性結膜炎、その他の眼疾患、アレルギー性皮膚疾患

* 基礎データを入力後、迅速かつ精度の高い分析やマップ作成技術を習得するために、3回にわたりExcel等の技術習得の個人研修を受けた。

(確認事項)
横浜市栄区を事例として、休止していた焼却場再開によるぜん息被患率の変化を検証したところ、稼動後半月で周辺小学校4校で患者数が1~9人の増加を確認した。

②川崎市立小学校のぜん息被患率ワースト1の小学校を中心に王禅寺焼却工場周辺の現地調査を実施した。(7月26日 参加者数4人)

(確認事項)
川崎市立小学校(114校)中で平成16年度ワースト1の東生田小学校の原因として、位置的に見て王禅寺焼却場による影響を否定できないことを実感した。更に周辺環境の詳細な調査の必要性を感じたため、再視察を計画中。調査に加わる地元の団体、個人を募集している。

③横浜の事例を発表

・プラステイック焼却はNO!世田谷区民集会(4月1日)
主催:生活クラブ運動グループ世田谷地域協議会 他
・ごみ焼却を止めるとぜんそくが減る!?(5月27日)
主催:東村山のごみを考える会
・燃やしていいのプラステイック!!(6月27日)
主催:東京マイコープ
・第11回 東京とことん討論会(8月18日)
主催:東京23区とことん討論会実行委員会

(確認事項)

廃プラステイックを燃やしている横浜・川崎に比べ、東京都の小学校ぜん息被患率平均値はかなり低い。(平成16年度 横浜市9.1%、川崎市8.4%、東京都5.7%)

2. 自動車排気ガスとぜん息との相関関係を明らかにする事例に取組む。

昨年度までは神奈川県下各学校の健康調査電子データが、県教委より無償で提供されたが、今年度からは殆どの市町村に情報開示手続きをしなければ入手できなくなった。廃棄物焼却場や化学工場など、大気汚染の元凶と思われる汚染源が少なく、道路公害だけが予測できるローカルのデータ入手が困難のため苦慮している。引続き努力することで目的に適合した自治体をみつけ、現地調査を実施するところまでは実現したい。

(なお残された課題)

① ぜん息被患率が恒常的に高順位にあった横浜市瀬谷区の二つ橋小学校と上川井小学校の過去数年の変動が大きい。周辺環境に何らかの変化が起きていないか、現地調査を実施して調べたい。
② 入手すみの平塚市、逗子市のデータの分析。

結果・成果:2007年4月の完了報告から

周辺を3つのごみ焼却場に囲まれていた横浜市栄区の小学校ぜん息被患率は、2つの工場が停止した結果、18区の中でワースト1から、最も患者が少ない18位へ激烈な変化をとげました。

考えてみれば、焼却場さえなければ極めて環境が良い町ですから、1500トンと900トン(いずれも一日あたりの焼却能力)の工場から出ていた膨大な有害ガスが全くなくなれば、喘息の子どもが発作を起こさなくなることは想像に難くありません。しかし、実のところ私にも信じられないほどの顕著な変化です。

神奈川県全体の順位においても、横浜市は川崎市や鎌倉市にその座を譲って、前年度より1%も被患率をさげました。例年悪化の一途だったことがうそのようです。

30年間ごみ問題に関わってくる中で、脱焼却の運動が正しかった事が証明されたと言えるのではないでしょうか。

しかし、横浜市金沢区の臨海部に計画されている産廃焼却場(横浜金沢シンシアRCセンター)は撤退させることはできず、このほど事業認可が下りてしまいました。

反対運動が起こった当初、市民団体に私が提供したぜん息データは、彼らを驚かせそして怒らせました。01年に横浜市の金沢工場(1200トン)が竣工以来、小学校のぜん息は1%ずつ悪化し、過去8年間のワースト1は金沢区であることがわかったからです。アセス方法書では30%がぜん息等の健康に関する意見でした。アセスにおける意見陳述は8人中7人が反対意見。全区に配布したチラシは3回、計画地直近には10回以上、アセスに対する意見書はごみ問題では市始まって以来の数が寄せられるなど、1年間の抵抗運動は熾烈を極めました。

07年度、被患率を年々更新してきた金沢区が3%も下がって9位になっています。何らかの操作が行なわれたか検証する必要があります。

激減した学校について周辺環境との精査で検証が十分可能と思われます。

今後の活動としては、焼却場建設や廃プラ焼却をめざしている自治体の市民団体に、栄区の事例をデータを含めて提供し、同様の事例をもとめて更に活動を続けたいと思います。

◆ 助成研究の完了報告書 PDF 27KB
http://www.takagifund.org/grantee/05/05pdf/05nishioka_a.pdf

===== 以下 完了報告書 文字おこし ======

高木仁三郎市民科学基金助成研究/研修完了報告書
提出日:2007年5月1日

1.氏名・グループ名及び研究テーマ

氏名(グループ名) 西岡政子
連絡先・所属などqqw97vm49@sunny.ocn.ne.jp

調査研究・研修のテーマ

児童生徒疾病調査をもとに神奈川県全域の大気汚染を検証する

 

2.調査研究・研修結果の概要

周辺を3つのごみ焼却場に囲まれていた横浜市栄区の小学校ぜん息被患率は、2つの工場が停止した結果、18区の中でワースト1から、最も患者が少ない18位へ激烈な変化をとげました。
考えてみれば、焼却場さえなければ極めて環境が良い町ですから、1500トンと900トンの工場から出ていた膨大な有害ガスが全くなくなれば、喘息の子どもが発作を起こさなくなることは想像に難くありません。しかし、実のところ私にも信じられないほどの顕著な変化です。
神奈川県全体の順位においても、横浜市は川崎市や鎌倉市にその座を譲って、前年度より1%も被患率をさげました。例年悪化の一途だったことがうそのようです。
30年間ごみ問題に関わってくる中で、脱焼却の運動が正しかった事が証明されたと言えるのではないでしょうか。
しかし、横浜市金沢区の臨海部に計画されている産廃焼却場(横浜金沢シンシアRCセンター)は撤退させることはできず、このほど事業認可が下りてしまいました。
反対運動が起こった当初、市民団体に私が提供したぜん息データは、彼らを驚かせそして怒らせました。01年に横浜市の金沢工場(1200トン)が竣工以来、小学校のぜん息は1%ずつ悪化し、過去8年間のワースト1は金沢区であることがわかったからです。アセス方法書では30%がぜん息等の健康に関する意見でした。アセスにおける意見陳述は8人中7人が反対意見。全区に配布したチラシは3回、計画地直近には10回以上、アセスに対する意見書は、ごみ問題では市始まって以来の数が寄せられるなど、1年間の抵抗運動は熾烈を極めました。
07年度、被患率を年々更新してきた金沢区が3%も下がって9位になっています。何らかの操作が行なわれたか検証する必要があります。
激減した学校について周辺環境との精査で検証が十分可能と思われます。
今後の活動としては、焼却場建設や廃プラ焼却をめざしている自治体の市民団体に、栄区の事例をデータを含めて提供し、同様の事例をもとめて更に活動を続けたいと思います。

3.調査研究・研修の経過

4月1日
5月22日
5月27日
6月4日
6月22日
6月27日
6月30日
7月26日
8月18日
6月中

7月中
9月
10月7日
11月27日
12月15日
1月
4月21日
世田谷区民集会「プラステイック焼却はNO! 」報告
05年度横浜市立小中学校健康調査データをペーパーで入手(70枚)
東村山市民フォーラム「ごみ焼却を止めるとぜんそくが減る!?」報告
Excel技術研修
地球温暖化防止/デイーゼル排ガスと健康市民シンポ参加
生協・東京マイコープ学習会「燃やしていいのプラステイック!!」報告
Excel技術研修
川崎市王禅寺焼却場周辺の現地調査
第11回東京とことん討論会分科会アドバイザー
06年度川崎市立小中高校の基礎データの入力および分析作業
06年度横須賀市立・鎌倉市立小中学校データ作成
06年度横浜市立小中学校の基礎データの入力および分析作業
05年度東京都データを分析。東京、神奈川ぜん息被患率マップ作成
大田区民集会「横浜で工場が止まったらぜん息の子どもが減った?」報告
三浦市現地調査
横浜市瀬谷区・旭区現地調査
06年度東京都ぜん息被患率データ入手、分析・マップ作成
市民オンブズマン総会で栄工場住民訴訟経緯と小児ぜん息激減について報告

4.調査研究・研修の成果

1・ごみ焼却場の稼動や停止により、周辺の小中学校のぜん息被患率が、大きく変動することが確認できました。
ぜん息誘引するといわれる工場や交通量の多い幹線道路が殆ど無い栄区で、街を取り囲むように立地する3つの焼却場のうち、巨大な2つが停止すれば、ぜん息の発作を起こす児童が激減するのは自然なことではないでしょうか。
今回の調査では、焼却量が少なくても管理体制が整わない焼却場の周辺の子どもに著しい影響が出ていることもはっきりしました。
成人が1日に呼吸する空気の量は15~20キログラムだそうです。(アトピッコハウスHP・NHK“ためしてガッテン“) 当然、子どもほど大気汚染の影響を強く受けることが推測されます。
処理能力150トンの今泉クリーンセンターが修理で止まった2年間には、周辺の風下の小学校のぜん息児童は揃って激減しました。市内354校中で3年間ワースト1だった約5キロ風下にある南舞岡小学校は7%も下がりました。ところが再開したとたん、再びぜん息児童がふえました。
今泉クリーンセンターの北1kmにある桂台小は、試運転から半月で9人、南舞岡小、公田小、今泉小は1~3人ふえたのです。
昨年(08年)1月、栄工場(1500トン)に続いて2つ目の港南工場(900トン)が停止しました。
すると08年度の被患率は周辺の小学校では1校を除き全校で激減。市内で最もぜん息の少ない街になりました。3つの焼却場が操業をしていた頃は栄区が18区中でワースト1だったのです。
県下の順位でも増加の一途だった横浜市は減少に転じています。2工場の停止効果と思われます。

2.国内最大級の産廃焼却場建設反対運動にぜん息データが役立てられました。
金沢区のぜん息被患率は過去8年間ワースト1です。栄区同様に環境の良い街と思っていた金沢区民を激烈な反対運動に駆立てたのは、これ以上の汚染源などとんでもないということでした。

3.今まで埋立てていた廃プラを燃やす方向に転換した東京都の市民運動団体に情報提供しました。
東京都の実質プラステック混入率は6%です。今後廃プラ焼却に踏みきった場合は横浜や川崎のようにぜん息児童の多発を招くでしょう。

5.対外的な発表実績

<行政・公的機関などへの政策提言>
・第5次横浜市産業廃棄物処理指導計画に対する緊急要望書06年3月19日
・平成19年度予算要望書06年8月31日
・横浜市次期中期計画(素案)に対する意見書06 年10 月6 日
・横浜金沢シンシアRCセンター準備書意見書06年2月27日
・横浜金沢シンシアRCセンター評価書意見06年7月3日
・横浜金沢シンシアRCセンター利害対象者意見書06年12月28日
・環境カウンセラー活動報告書07年2月8日
<雑誌等への寄稿>
・食べもの通信07 年2 月号脱ごみ焼却のすすめ~焼却場を2つ廃止した横浜市~

<シンポジウムでの発表>
・世田谷区民集会「プラステイック焼却はNO! 」06 年4 月1 日
・秋水園集会「横浜市の巨大ごみ焼却場を2つとめた?小中学校ぜん息調査」06 年5 月27 日
・東京マイコープ学習会「燃やしていいのプラステイック!!」06 年6 月27 日
・第11 回東京とことん討論会06 年8 月18 日
・大田区民集会「横浜で工場が止まったらぜん息の子どもが減った?」06 年10 月7日
・かながわ市民オンブズマン総会「栄区の小中学生のぜん息が激減したのは」07 年4 月21 日

 

6.今後の展望

1.ぜん息とごみ焼却場

☆焼却場の排ガス中のVOCを測定する。

07年度高木基金の助成団体になった「化学物質による大気汚染を考える会」に所属しており、西岡宅でVOCを測定することで、今泉クリーンセンター(鎌倉市の焼却場)からの大気汚染の実態をしらべる。西岡宅はセンターの北1.3キロの位置にある。既存の2焼却場は廃止されたため他に汚染源はない。5月~8月に予定。

☆他都市の事例を検証する

横浜市栄区で検証した焼却場と周辺に住む児童生徒のぜん息の相関関係を他の事例でも証明する必要があり、2度目の現地調査などにより精査する予定。

候補地① 川崎市王禅寺焼却場周辺
焼却場以外には汚染源が少ない住宅地であり、横浜の栄区と類似した環境にあるにもかかわらず、周辺の多摩区、麻生区のぜん息児童数が年々増加。1回目の現地調査では風下1.5キロメートルの生田地域で異臭を体感しました。一見したところ、緑が多く好環境。近くには川崎市の06年度ワースト1の東生田小学校がある。
新焼却場の竣工と同時に古い工場での焼却停止のため、現在もごみを燃やし続けており、ぜん息データによる検証が容易でない。
川崎市の市議の方の協力も得て、焼却場以外の汚染源の有無を5月中に再調査の予定。

候補地② 横浜市旭区川井地域
川井地域と隣接する若葉台の小学校は市内ランクで常に上位であり、特に上川井小学校は悪化する一方。周辺は大型工場や産廃焼却場などの立地がある。昨年に続き再調査。

 

2.車の排気ガスとぜん息との因果関係

実際にはかなり困難なことが分かった。その理由は幹線道路沿いには工場が立地する事が多く逆に人家は少ないため、ぜん息データが使えなかった。一般的には排気ガスがぜん息の主因と言われるが私には疑問だ。横浜市の事例では交通量の多い地域の小学校のぜん息被患率は必ずしも高くない。同様の意見を東村山市の青木泰氏も指摘している。

 

3.ぜん息と農薬の関係

06年度の神奈川県ワースト1は三浦市でした。現地調査の結果ではごみ処理との関係は認められませんでした。年間を通じてスイカや大根、キャベツを大量に生産しているため、農薬による影響が疑われます。現地調査や農薬使用状況等を三浦市農協、三浦市や神奈川県担当職員に問合せたところ、各農家では使用状況を記録する義務がありながら報告の義務は無く、種類別の使用量すら把握されていませんでした。昨年11月の現地調査では、キャベツと大根畑の真中にある学校を数多く目撃。ゴルフ場の農薬と刈り草の焼却炉についても同一線上で調べたい。
「化学物質による大気汚染を考える会」によるVOC測定の候補になるよう努力します。

4.報告集会

6月中の実施をめどに日程調整中。
「横浜・ゴミを考える連絡会  http://space.geocities.jp/acorncup01/  」、「栄工場のゴミを考える会」の共催で実施し、ぜん息と焼却場の相関関係については西岡が報告。

5.その他

基礎データとなる各自治体の健康調査結果の入手に苦慮しました。
ホームページからメールで依頼した結果、書面による情報公開が必要な都市が多くありました。
生徒数の少ない学校のプライバシーをたてに、癲癇のみ非開示にする学校もありました。
県下でぜん息被患率の高い学校から順に情報収集し、神奈川県下全域の小中学校ぜん息データをもとに、焼却場や工場、道路公害に迫る予定でしたが、前述したように調査の環境が整わなかった他に、極端に生徒数の少ない学校があり少ない患者数でも高い被患率の自治体があることが分かりました。
例えば清川村は小学校は2校しかなく、宮が瀬小学校は全校で8人のところに2人のぜん息患者がいるだけでどこよりも高い被患率になります。
検証には一定以上の規模である事が必要で、被患率だけでは選べない事がわかりました。
神奈川県全域の大気汚染を検証するためには長期的な調査が必要で、地元で活動する団体の発掘を含め、息長く調査活動を続ける所存です。

高木基金へのご意見

助成金を頂いた事でパソコン技術の研修を受けたり、分析作業を一部知人に協力して頂くことで時間を有効に使うことができました。
しかし、一番ありがたいことは、名も無い主婦の調査に対して発表の機会が与えられた事です。
事前に書類選考の上、発表の価値ありと判定された場合にのみ、イベント的にでも助成対象でない個人や団体の研究発表の場を提供して頂けると、今後の活動の励みになります。

カテゴリー: 上牧産業廃棄物焼却場問題

金沢工業団地の産廃焼却施設計画について考える【日本共産党横浜市金沢区委員会・後援会】

いつのまにかなんちゃらクリエイト http://toshiaki.exblog.jp/12122319/兄の会社の傘下だかなんかだと言いだしている。
その兄の会社というのは昨年死亡事故 を起こしているようで、横浜での産廃焼却炉も問題があるみたいだ。
上牧と同じ手口で横浜市に産廃焼却施設を作っている。わざわざ100トン未満にするという詐欺みたいなことをしている。
それで味をしめて高槻市にも、ということなのか。
ちなみに兄も去年高槻市に2千万も寄付をしている
今年の桜花賞で当てたのは北島三郎だというからその博打依存症の兄弟はハズレたのだろうけれど、ひとの命は競馬の馬券じゃないぞ!

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金沢工業団地の産廃焼却施設計画について考える

2015年12月16日【日本共産党横浜市金沢区委員会・後援会】
http://kanazawaku.jcpweb.jp/archives/378

金沢区福浦1丁目に産廃焼却施設の建設が予定されています(事業者、アイテック株式会社)。

民間企業のカーリット(爆発事故を起こし撤退)  の売却地で、並木3丁目住宅まで1.2㎞、横浜市大病院まで900m、市の文化財である称名寺、金沢文庫まで2.2㎞の地です。

私がこの計画を知ったのが8月中旬頃でした。シンシア焼却工場に続いて、またもや工業団地に産廃焼却工場が建設されようとしています。

日量95トンの焼却能力であり、100トン未満の場合アセスにかけなくてもよいことになっているとのこと。この時期はもうすでに計画段階配慮書が提出され、写しの縦覧が金沢図書館、ホームページ上で行われていました。

私は市の環境影響評価審査会を傍聴し、委員と業者とのやりとりを聞きながら、シンシアの審査会を思い出していました。思えば2006年2月、日量372トンの処理能力を持つシンシアの建設に反対する連絡会が結成され、「ぜんそく児童を増やすな、金沢区をゴミ捨て場にするな(連合自治会)これ以上環境悪化を許すな」、これらの政策目標を掲げ活動したことを思い出します。

条例上、第一分類でしたので、評価書に対する意見書はトータルで約6,300通提出されました。今現在金沢区工業団地には、焼却施設の煙突が4つあります。シンシア、市の下水汚泥処理施設、廃油処理三友プラント、横浜市資源循環局、これらの煙突にさらにアイテックの煙突が加わることになります。新規産廃事業が拡大されることを憂います。

並木1丁目 K

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5・17高浜原発4号機再稼働は認めない!現地緊急行動

呼びかけ!! 高浜原発4号機再稼働は認めない!

名称:「5・17高浜原発4号機再稼働は認めない!現地緊急行動」

◆集合:2017年5月17日(水)正午

◆ところ:高浜原発の奥、展望所

・呼びかけ:若狭の原発を考える会
・連絡先:木原壯林(若狭の原発を考える会)
電話:090-1965-7102、Fax:075-51-7102
E-mail:kiharas-chem@zeus.eonet.ne.jp

「関西電力高浜原発4号機が早ければ17日にも再稼働」と報道されました(5月10目、朝日新聞・京都新聞など)。

地元のみならず、関西一円、全国の人々の声を圧殺して再稼働につきすすむ関電を許すことはできません。

5月17日、高浜原発にかけつけ、「再稼働許は認めない!」の声をあげましよう。

※再稼働強行の日程がずれた場合、緊急行動はその日に合わせます。

2017.5.7の高浜原発北ゲート前・・・「高浜原発うごかすな!実行委員会」の抗議と代表申し入れ
(写真左:多重防護柵で住民を原発から遮断) (写真右:中島哲演・木原壯林・柳田真氏入れ施錠)

カテゴリー: 再稼働

再稼働反対 福井でデモ 高浜原発前【5/9中日滋賀】高浜原発4号機、17日にも再稼働【5/10中日新聞】

5/7(日)の高浜原発前の記事は翌日が新聞休刊日だったため火曜日の5/9朝刊に載っていたのに買いそびれた方がいたはずだ。 滋賀県庁前座り込みの峯本代表もそのお一人。
そうこうするうちに来週5/17(水)に再稼働するらしいが、関電のプレスリリースはまだ。
ちなみにまた今年も関電の株主総会の日(6/28)を当ててしまった。

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再稼働反対 福井でデモ 高浜原発前

【中日新聞・滋賀】2017年(平成29年)5月9日(火曜日)

高浜原発前で再稼働反対を訴える参加者=福井県高浜町田ノ浦で

福井県高浜町の関西電力高浜原発前で七日、関西を中心に全国から集まった脱原発団体の約三百人が再稼働反対を訴え、プラカードを掲げて高浜町中心部をデモ行進した。高浜原発4号機は、今月中旬にも再稼働する。

参加者は「地震大国日本に原発はいらない」「エネルギー政策を転換しよう」などと訴えた。主催した「高浜原発うごかすな!実行委員会」代表で福井県小浜市の明通寺住職中嶌哲演さん(七五)は「送電線の行く先々の人々が結集した。再稼働の中止を求めます」と、関電職員に申し入れをした。

大津市の音楽家峯本敦子さん(五O)は「琵琶湖の水を汚すことはあつてはならない」と話し、徳島市の大学生村上薫さん(二三)は「地域で反対の声を上げる人たちと頑張りたい」と声を張り上げた。

参加者たちは八日には、高浜町に再稼働反対を申し入れた。十二日まで福井県内各地をデモ行進し、再稼働反対を訴える。  (山谷柾裕)

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高浜原発4号機、17日にも再稼働

2017年5月10日【中日新聞・一面・朝刊】
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017051002000057.html

関西電力が高浜原発4号機(福井県)を早ければ十七日に起動して再稼働させることが、関係者への取材で分かった。4号機は新規制基準に合格し昨年二月に再稼働したが、直後に電気系統のトラブルで緊急停止。同三月に大津地裁が運転差し止めを命じる仮処分を決定し、一年以上、停止したままだった。今年三月に大阪高裁が仮処分を取り消す決定をしたため、関電は再稼働準備を進めていた。

4号機が再稼働すれば、司法判断で停止した原発の再稼働は初めてで、国内の稼働原発は九州電力川内1、2号機(鹿児島県)、四国電力伊方3号機(愛媛県)と合わせ、四基となる。

関電は高浜3号機も今月中旬に核燃料を装填(そうてん)し、六月上旬にも再稼働させる予定。九電玄海3、4号機(佐賀県)も再稼働に向けた地元同意を得る手続きが終了しており、早ければ夏にも発電を始める見通し。

カテゴリー: 再稼働

5/8都市クリは非常識な時間帯(22時頃)に上牧自治会の一部の家のポストに3枚ほどの抗議文を投函【twitterより】

 

都市クリは非常識な時間帯(22時頃)に上牧自治会の一部の家のポストに3枚ほどの抗議文を投函した。協議会の言っていることはデタラメで危険なものは扱わないので、安心して下さいとか。。 じゃあなぜ特別管理産業廃棄物の申請?そもそもこんなとこに焼却炉建てるのが反対してるのに何が言いたい?

カテゴリー: 上牧産業廃棄物焼却場問題